気仙沼みなと祭にて 代表こぼれ話
2013/08/16
団体設立より二年半が経ちますと、この活動に携わる人々が設立当時は思いもしない人数となっていることに驚きます。
参加者は学生や社会人、大学関係者を含めて延べ人数にして1,000人を超えておりますし、気仙沼での活動を支えてくださる方々も増えております。
街中で「学びーば」の人ですかと声をかけられる経験も多くなりました。
この写真は鹿折復幸マルシェで行われた浪坂虎舞という重要無形文化財の演舞です。
この虎が太鼓に合わせて舞い、はしごを登り降りします!
地元の方に聞くとこれでも一時期に比べればはしごの高さが低くなったとのことですから驚きです
動物的な動き、虎の動きそのままにはしごを登り降りするのは必見です。
学びーばに来ている子も叩いていたりするのだろうな、と思っていると
案の定、子どもたちに声をかけられました・・・嬉しかったです。
泊めていただいた地元のおばあちゃんによりますと、この虎舞の太鼓は特別なものだそうです。
子どもの頃より拍子を体にきざみつけないと虎舞に合わせられない。
気仙沼湾での花火打ち上げの際に叩く太鼓の拍子とは別物で、影響がでてしまうから虎舞の叩き手はそれには参加しないのだそうです。
今は叩き手として一線を離れておいでですが、今でも叩きたくなると。
でも幼友達とともに3人でずっと叩いてきて、お一人はご病気で、もう一人は津波で亡くされ一人叩いていると涙がでてきてしまうから辞めたのだと。
来年もまた虎舞を見に来たいと思います。
こちらの写真は鹿折小学校の脇を流れる鹿折川上流に車で5分ほど、東中才にある古刹、興福寺さんです。
泊めていただいたお宅のご紹介で住職の奥様にお話を聞かせていただきました。
といいますのもこの興福寺に津波来襲の際多くの方々が避難をされたお寺だからです。
校長先生より鹿折小学校の子どもたちもこちらに避難し長い間生活されていたと聞きました。
この畳の部屋に発災当時は多くの方がすし詰め状態で寝起きされていたそうです。
こちらは興福寺から子どもたちが生活の場を移すことなり、子どもたちがホワイトボードに残していったメッセージになります。
奥様はあれから2年以上が経つのだけれどどうしても消せないのだと笑顔で仰っておられました。
みんなでお寺で生活していたあの時は電気もなく大変であったけれども、子どもたちは昔の子どものように野山を駆け、大切な時間でもあったと。
「学びーば」携わるメンバーに是非とも聞かせたいそんなお話です。
奥様にはこんなお話をしていただき、どうすれば感謝の気持ちが伝わるのだろうかと言葉に詰まりました。
2班では興福寺さんにはまたご挨拶させていただきたいと思っております。
石川 達哉