伊豆大島災害救援ボランティア派遣③(11/24)
2013/12/02
現場での活動内容の模様をお報せする前にボランティアセンター(VC)の様子もお伝えします。
大島社会福祉協議会(社協)の脇の駐車場に設置さてているVCには現場で使う道具類が大量にあります。スコップ類からブラシ、てみ、枝切りばさみから高圧洗浄機などなど。
猫車のご覧の数、これでもすべての現場に充分に道具が行き渡るというわけではないようです。
初期の活動などでは電動のこぎりも大活躍したであろうし、ユンボら重機を扱える方は引っ張りだこであったのでしょう。
ボランティア参加者数は5,000人を超え(11/22)、24日の参加者は411名(VC発表)とのことでした。
なお泥出し等、多数のボランティアを要するニーズはほぼ見通しが経つ状況になったため、明日以降(26日~)、島外からの個人ボランティアの受入は終了とのことです。
活動前のガイダンスでは大島町長も来られておいででした。
ボランティア参加者や支援に対するお礼の言葉に続いて、大島の現状も説明されていました。
特に印象深かったのが安否のわからない行方不明者の捜索をあきらめてはいないという言葉でした。
観光案内所の方も行方不明の方の話となると目に涙を浮かべておられました。正月を少しでも明るい気持ちで新年を迎えられればとも。例年にくらべて年末の観光客の宿泊予約数も少ないとのことでしたし、多くの方に大島を訪れていただければと願うばかりです。
今日の現場は大島元町神達地区。昨日の現場は海を面前としたところでしたが、今度は土砂崩が起きた三原山に程近いところになります。
元町神達地区は今回の災害でも被害がもっとも大きかった地区でもあります。
ところによっては未だ立ち入りが禁止されているエリアも。
土砂崩れ地滑り検知センサーが作動すれば即座に避難となります。
川沿いの被害は特に大きいものでした。この川は昨日の現場となった桜田民宿の脇の川の上流となりますがもはや堆積物で水は流れようもありませんでした。
こちらは昨日の夜に見た建物です。一カ月以上が経過しており瓦礫として撤去された家屋も多いはずなのですが、原形をかろうじてとどめているような家屋がたくさん見られました。
屋内には土砂が押し寄せ畳を上げ、清掃し再開を目指しておられるところだそうです。
ここは多くの住宅があり、多数の方が亡くなられた場所でもあります。
メンバー一同手を合わせ犠牲者のご冥福をお祈りさせていただきました。
被害が大きな地区だけあり堆積した泥は30センチから1メートルに及びます。
この現場に入った人数もおそらく100名を超えるのではないでしょうか。
かろうじて被害にあうことのなかった付近の家屋に住む住民の方も不安な気持ちをもっておられると社協の方は話しておられました。
ハード面が落ち着きつつあるとはいえ、ソフト面に支援はこれからが正念場となるのでしょう。
さて活動を終えて昨日活動をさせていただいた桜田民宿にご挨拶にうかがった帰り、
地元のおばあちゃん二人組とお話させていただく機会に恵まれました。
風体で島外よりボランティアとわかったのでしょう御苦労さまですと声をかけていただきました。
島村さんと中島さんは生粋の大島の方。お二人とも長年大島で暮らしてこられ、元町地区のつばき小学校の卒業生だそうです。お年を召して買い物に行くのも大変とのことで、いつも車で一緒になって買い物に行くのだそうです。
今日午後の船で帰るのだと言うとお別れに「大島民謡」を謡ってくださいました。
『乳ヶ崎沖まじゃ 見送りましょが それから先は 神だのみ』
大島から島外の学校へ泣く々子どもたちを送りだす、潮流れがはやく乳ヶ崎沖までしか送れないそんな謡です。
島村さん、中島さんどうかお元気でいてください。
いつかまた大島に来れる日があればと願っております。
さて短くも濃い伊豆大島での活動を終えて慌ただしく船に乗り込み帰途へと着きます。
今回もまた大学関係者、後援者のご支援・ご協力をもって活動することができました。
ブログ上ではありますがあらためて御礼申し上げます。
この経験をまた今回参加できなかったメンバーにフィードバックできればと思う所存です。
今後とも気仙沼での活動を軸とし、機動性をもった活動を目指してまいります。
伊豆大島の皆様、お世話になりました!
伊豆大島災害救援ボランティアチーム 了
日時:2013/12/02 00:01伊豆大島災害救援ボランティア