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フィールドワーク

2013年3月13日 (水)

B-14 遺跡を歩く ~北海道から関東にかけて~

 3月9日(土)は金丸義一先生の講座、『遺跡を歩く』の最終日、

横浜にある大塚・歳勝土遺跡へフィールドワークに行ってきました。

当日は快晴。3月とは思えない暑い日差しの中、まずは10時に

横浜歴史博物館のエントランスに集合。

 本日は金丸先生のご友人であり、歳勝土遺跡の発掘調査をされ

ていた須山幸雄先生をお迎えし、はじめに資料に沿って解説をして

いただきました。

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(歴博)           (大塚・歳勝土遺跡模型)

 その後博物館の常設展の中に展示されている大塚・歳勝土遺跡

模型を囲んで、説明を受け、いよいよ遺跡公園へ。

 ここは本物の遺跡の上に同じように2000年前の姿が再現されて

います。自由に見て回ったあと、質問タイム。

質問に先生方も時間を忘れて答えていました。

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(大塚遺跡)       (歳勝土遺跡) 

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(金丸先生・須山先生)   

『遺跡を歩く』のフィールドワーク。2000年のタイムスリップに歴史の

ロマンを感じました。お疲れ様でした。

2012年12月18日 (火)

B27 横浜はじめて物語 ~ラブリー横浜散策~

12月6日(木)に「横浜はじめて物語」の人気講師 嶋田昌子先生の

ご案内のもと27名の受講生の方とフィールドワークを一緒に行ってきました。

今回の散策ルートは山下公園、元町周辺です。

当日は快晴でしたが、風が強い日でした。

当日、朝10:00にみなとみらい線 元町・中華街駅に集合して早速散策開始!

 198_2   フランス橋とマリンタワー

196  中村川と谷戸橋

210 ホテルニューグランドの庭園(自由見学が可能)

234  港のみえる丘公園入口

 237 236     

  アメリカ人建築家J.H.モ-ガン設計の「111番館」  

245_2  山手234番地のプレート

季節によっていろんな表情をみせてくれる異国情緒溢れる町並みで、

時代背景を知っていると、ますます面白くなる散策でした。

嶋田先生の解説を聞きながら、あらためて思う今日この頃です。(T.H)

                                 

         

2012年11月26日 (月)

B-24歴史と文化 さまざまな鎌倉Ⅰ フィールドワークⅢ

 今回(11月3日(土))のフィールドワークⅢは、長谷駅より極楽寺坂切通し、大仏切通し、

化粧坂切通しなどを巡る一日で、最後のフィールドワークでした。

 この講座は本学文学部文化財学科が担当、フィールドワークは本学文学部文化財学科

実習助手の福田先生がご担当頂きました。

 当日の天気は曇りのち晴れ、絶好のフィールドワーク日和でした。

 集合は江ノ電長谷駅10時、今日の行程説明を受け、極楽寺坂切通しに向かいます。

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 途中、今話題のフジテレビ系で放送されているドラマのロケ地、御霊神社①(通称(鎌倉)

権 五郎神社)や星の井②(鎌倉十井の一つ、井戸の中に昼間も星の影が見えたとか・・・・。)

を見なが散策しました。

Photo_4Photo_5

 いよいよ極楽寺坂切通し①です。鎌倉の最も西南に位置した切通しで(由比ガ浜方面へ抜ける道)、

今でも由比ガ浜が望め②ます。

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 坂を下りて左側に史跡上杉憲方の墓(南北朝・室町時代の武将で、三代鎌倉公方足利氏満

の下で関東管領を務める。)を見学しました。 7層塔が上杉憲方で、5層塔な妻墓・・・?

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 次に極楽寺駅を左手に見ながら①、導地蔵前②で説明を受けます。

 導地蔵は兵火によって当時の地蔵像は存在しません。現在の像は室町時代の作と伝わります。

Photo_2Photo_3②                   

 次に大仏坂切通しに向かう途中、月影地蔵に寄り説明を受けます。

 この地蔵は、もとは月影ヶ谷の阿仏尼(十六夜日記の著者)邸にあった地蔵を移したので

この名がついたそうです。

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 山沿いの住宅街をとおり、トンネル①を抜け、大仏坂切通し入口の「火の見下」②に向かいます。

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 県道鎌倉藤沢線沿いの「火の見下」より本日メインの大仏坂切通しに向かい①ます。

途中入口の石切場(鎌倉石の採掘跡)②を見学し大仏坂切通し③に入ります。

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 いくつかの難所を通り抜け、切通し散策します。

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 また、ひと昔前まで使用していた切通し跡が一部残っている場所で説明を受けました。

 ※現在の道路開通に伴い破壊された切通しです。

3_2 Photo_2

 無事大仏坂切通しを抜け、大仏ハイキングコースに入り幾つかの難所①②を通り抜け、

高台から由比ガ浜を望み③ひと休みし、昼食予定地の源氏山公園に向かいます。

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 昼食地点の源氏山公園に到着し、日野俊基墓①を見学し、空より餌をねらうトビ②に気を

つけながら葛原岡神社辺りで昼食に入ります。

 また葛原岡神社前では写真展や市民の方?が打楽器の演奏を行っていました。

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 昼食休憩後、本日最後の化粧坂切通し、海蔵寺へ向かいます。

 途中、過去に散策した超難コース①見ながら進みます。

 3・4年前に来たときより、化粧坂切通し②~④の岩が削られ段差がきつくなっていました。

数年後は、通行禁止になるかも・・・

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 海蔵寺に向かう途中に、鎌倉らしく「流鏑馬(やぶさめ)の教室」武田流弓馬道教場を右手に

見ながら進みます。

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 いよいよ最終地の海蔵寺①に到着。仏殿・本堂の中庭②で縁起を受け、以前鶴見大学文化

財学科で修復「やぐら」③の「人頭蛇身の宇賀福神」④を散策し、庭園⑤を拝見しました。

 ※「やぐら」鎌倉を中心して点在する墳墓。丘陵山腹を掘って造られる。

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 また「やぐら」の形が窺える十六井戸見学し、海蔵寺を後に。

 十六井戸:窟の中央に石造の観音菩薩像をまつり井十六がおのおの清冽な水をたたえてい

  るのにその奈をちなむ。

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 帰路の途中、阿仏尼の墓と伝わる供養塔(層塔)①を見ながら壽福寺境内②で解散しました。

 その後、北条政子の墓と伝えるやぐらと五輪塔を希望者の方のみで散策しました。
Photo_14Photo_15

 平成24年度 B-24「さまざまな鎌倉 Ⅰ」のフィールドワークは無事終了いたしました。

 ご受講いただきました皆様、ありがとうございました。

 次年度のご受講をこころよりお待ちしております。

              

  

2012年10月26日 (金)

B-25 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅷ~大磯に仏像を訪ねて~

 10月21日(日)は、B-25歴史と文化  日帰り美術観照スタディ・ツアー

 神奈川の仏像Ⅷ~大磯に仏像を訪ねて~ の開催日でした。

 講師は本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生です。

この講座は、フィールドワーク前に事前講義を行い、

実際に自分の目で美術観照(フィールドワーク)する講座です。

   
"当日は雲ひとつない青空、FW日和のよい天気でした。" 

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 JR平塚駅の北口集合。今日の行程(バスで「善福寺」・「慶覚院」・

「高来神社」そしてバスで移動「王福寺」解散)などの説明を受けました。

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 神奈中バス国府津駅行きで速水下車(約10分)、「善福寺」に向かいます。

龍頭山華水院善福寺(浄土真宗本願寺派)の仏像、木造伝了源坐像(開基

平塚入道了源上人として国重要文化財)及び木造阿弥陀如来立像(県重要

文化財)を鑑賞し、工藤先生の説明を受ました。

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 また、御住職ご好意により善福寺の縁起を伺い、仏像を目の前で鑑賞出来ました。

有難うございました。

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 次の見学地「慶覚院」・「高来神社」に向かう途中、

高麗山を右手に見ながら進みます。 

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 鶏足山出雲上院別當高麗寺慶覚院・高来神社の参道前で説明を受け、

慶覚院に向かいます。

 慶覚院では、本尊の千手観音を中心に、左に造地蔵菩薩坐像(県

重要文化財)約150cmが鎮座され、また右に高麗寺(廃寺)に祀られ

た仏さまが安置されていました。

 本尊の千手観音像は、12年に1度の子年に拝聴できる 秘仏で、

見ることが出来ませんでした。

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 見学後、高来神社参道をとおり、高来神社に参拝、高麗寺領境内

見取り図をを見ながら工藤先生の説明を受けました。

 4    5

 時間があれば、高麗山山頂までのハイキングコースが良いとの事でしたが、

今日はここまでとし、次の王福寺へ向かうバス停に向かいました。

 ※じつはこのコースは、当初のコースと変更。工藤先生下見の際、

高来神社で本日のFWが無事終わることを祈願し、そのご利益で

導かれたコースです。

 

 バスで移動約12分、上寺坂バス停に向かいました。

Photo

 バス停より、最後の見学地 王福寺へ向かいます。 

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 王福寺では、元御住職に寺の縁起について説明を受け、

所蔵している国宝(重文)の本尊薬師如来坐像や12鬼神を3

回に分けて鑑賞し、工藤先生の解説を受けました。

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5   4           

 全ての行程が終わりここ王福寺で解散し、平塚駅行きのバスに乗車しました。

運よく、バスは貸し切り状態でした。

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次回のB-25歴史と文化  日帰り美術観照スタディ・ツアー は、

~海老名・厚木に仏像を訪ねて~ です。お楽しみに・・・。

本日ご参加の皆様、お疲れ様でした。

   

 

 

 

       

2012年10月19日 (金)

B-24さまざまな鎌倉ⅠフィールドワークⅠ

  B-24さまざまな鎌倉Ⅰ、フィールドワークⅠ 腰越~片瀬・江ノ島 現地巡検の開催日でした。

 B-24さまざまな鎌倉Ⅰは、本学文学部文化財学科が担当する講座で、一遍聖絵をてがかりにして、

 鎌倉の西側を中心に学んで、現地を探ってみる講座です。

 フィールドワークは本学文学部文化財学科実習助手の福田先生がご担当です。

 当日は快晴。小田急片瀬江ノ島駅改札口10時集合。駅舎はまるで竜宮城のようです。

 今年は、ことのほか暑かった。体はかなり夏疲れしているにもかかわらず、元気に出発する。

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江ノ島駅から山側に進んで行くと、湘南モノレールの湘南江の島の乗り口があり、すぐ近くに

日蓮宗常立寺がある。ここには、処刑された人々の霊を慰める塚があります。

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次に日蓮宗龍口寺に向かう。龍の口処刑場があった場所。境内には日蓮聖人が連行されて一晩を

過ごした土牢(御霊窟)があり、また龍口寺の裏山にそびえる5重等は、神奈川県で唯一の木造総欅造です。

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龍口寺をあとにして、源義経の腰越状で世に知られた満福寺に向います。

江ノ電の踏み切りを渡って急な階段を上がったところに満福寺です。

満福寺の檀家さん(受講者)のはからいでアイスコーヒーをいただく。有り難う御座いました。

寺内には見事な義経・弁慶の鎌倉彫の襖絵や天井絵があり、猫が近寄ってくるなど家庭的でした。

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次の見学地、小動神社に向かう。神社の海側にある展望台から江の島を眺める景色は絶景であります。

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小動神社見学後、江の島弁天橋を渡ったところで昼食、休憩、自由散策。

3連休の初日です。Dscn1161_2 Dscn1162_2

休憩後、青銅の門を通り、びっしりと並んでいるお土産屋さんを覗きながら坂を行くと大きな赤い鳥居が見えます。その奥に竜宮城のような門を端心門と言うそうです。鳥居の階段もきつかったけど、端心門の階段もかなりきつかったです。

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江の島を二文する境で 山ふたつ と言われている。(断層に沿って侵食された)

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奥津宮の鳥居(石造り)、源頼朝が約800年前に寄進した。八方睨みの亀です。

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最後の見学地、波の浸食でできた岩屋洞窟。2つの洞窟があり、洞窟内に入ると思ったよりも暗く、途中でロウソクが渡されその明りで歩きます。

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激しい階段を何度も上り下り疲労困憊で江の島を後にした。お疲れ様でした。

次回10月27日(土)にフィールドワークⅡを開催します。

晴れるといいですね。

2012年7月20日 (金)

日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅶ~横浜に仏像を訪ねて~

  6月18日(月)は、B-19歴史と文化  日帰り美術観照スタディ・ツアー      
神奈川の仏像Ⅶ~横浜に仏像を訪ねて~ の開催日でした。      
"当日はよい天気に恵まれましたが,少しむし暑かった。"      
JR大船駅南改札前集合。神奈中バス戸塚バスセンター行きで約15分、洞窟・ラドン温泉前下車。      
真言宗定泉寺の境内にある洞窟内の仏像等を観照する。

      
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           バス停            洞窟の看板         住職からの説明
      
約1kmの洞窟内の壁面、天井に本尊や仏像が刻まれている。      
ロウソクを片手に暗闇の洞窟内を一巡する。特異な世界を・・・・・・・      
      
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           洞窟入口                       定泉寺                   定泉寺境内
      
定泉寺を後にして大船駅にバスで戻り、次の目的地、向かうは証菩提寺。      
神奈中バス稲荷森バス停下車。      
高野山真言宗証菩提寺は、石橋山の合戦で先陣を切って討死した佐奈田与一の      
菩提を弔うために、源頼朝が建てた寺。      
      
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証菩提寺に向かう      
      
証菩提寺には、多くの宝物が伝わっており、当初は、現在の境内からは想像できない      
かなり広大な大寺院だそうです。      
      
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工藤先生の説明を受ける   紫陽花・証菩提寺   証菩提寺       
客仏で工藤先生より、きめ細かい解説をいただきました。      
      
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本日のツアーはここで終わり、現地解散でした。それぞれバスにて大船方面へ。      
みなさん、お疲れ様でした。次回も楽しみにしています。

2012年6月26日 (火)

B-17 はじめてからの鎌倉(その2) フィールドワークⅣ

B-17はじめてからの鎌倉(その2)歴史考古学の成果と現地巡検は、本学文学部文化財学科が         
担当する講座で、鎌倉時代の武士の暮らしを教室で考え、現地でさぐってみる鎌倉入門講座です。         
フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田先生がご担当です。         
6月10日(日)は、B-17はじめからも鎌倉(その2)歴史考古学の成果と現地巡検の         
フィールドワークⅣ  《鎌倉の出入口を歩く》  の開催日でした。         
         
当日は 晴。大船駅10時集合、本日のコースの説明を福田先生より受け、東口から         
大船の街を歩いて、大船中央病院前を右折して三菱電機照明に沿って離山交差点を         
左折して行くと、静かな常楽寺山門に到着。         
参道はしっとりとした感じを漂わせ、住宅街なのに閑静な空間。         

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                                                                               山門  粟船山の額

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          仏殿内

常楽寺は臨済宗建長寺派の寺で、北条泰時が妻の母の供養 の為に建立した粟船御堂に始まる。            

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                                            泰時の墓石          
               
続いて、常楽寺裏手の山の上にある「木曽義高」の塚に向かう。               
         
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                                                                                  宮姫の墓   
         
Dscn0352 むくどり公園をめざして山道を100m程登った山頂に当たる。

   
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木曽義高の塚   塔婆      
         
次の円覚寺に向かう途中タイミングよく、臨時列車快速『鎌倉アジサイ号』を         
撮る事ができました。(足を止めカメラを構えている人がたくさんいた)         
         
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                                                 北鎌倉付近   
         
円覚寺で昼食、休憩、自由散策。         
臨済宗円覚寺派総本山。鎌倉五山第二位北条時宗ガ弘安5年(1282)に         
蒙古の戦いの戦死者敵味方区別なく供養するために創建。         
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                                                  山門

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                                                舎利殿      

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                                              開基廟                           梵鐘   
         
次に円覚寺から北鎌倉を背に明月院へ。裏道をしばらく行くと明月川の         
橋のたもとで、福田先生より明月院の説明を受ける。あまりにも人が多く         
端折って、亀ケ谷切通から岩船地蔵堂を通り、浄光明寺に向かう。         
         
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  亀ケ谷切通を下る           岩船地蔵堂      
         
浄光明寺は扇ケ谷にある、真言宗泉涌派の寺。         
「浄光明寺敷地絵図」寺院境内の様子だけでなく、鎌倉武士の屋敷の位置や所有者、         
町中や谷戸の利用を知ることが出来る貴重な史料。         
         
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寿福寺は臨済宗建長寺派の寺。この寺は正治2(1200)年尼将軍北条政子が源頼朝の供養の為に建てた鎌倉五山第三位である。 

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鎌倉街道、大船を起点として、山ノ内(円覚寺方面)の出入口を歩く。         
以上でした。 また、次回も楽しみにしています。         
         
         
         
         
         
         
         
         

2012年5月29日 (火)

B-17 はじめてからの鎌倉(その2) フィールドワークⅡ

     B-17 はじめからの鎌倉(その2) フィールドワークⅡ   

   
         
B-17はじめからの鎌倉(その2)歴史考古学の成果と現地巡検は、本学文学部文化財学科が         
担当する講座で、鎌倉時代の武士の暮らしを教室で考え、現地でさぐってみる鎌倉入門講座です。

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田先生がご担当です。 5月20日(日)は、B-17はじめからの鎌倉(その2)歴史考古学の成果と現地巡検のフィールドワークⅡ《鎌倉の町の方位をさぐる》の開催日でした。       
         
当日は うす曇。長谷駅10時集合。本日のコースの説明を福田先生より受ける。      
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長谷駅から直線的に、天照大神を祀る、甘縄神明神社に向かう。鎌倉最古の神社というだけあって 厳かな雰囲気が漂っていた。神社の一角からうす雲りの由比ガ浜を望む。

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次に当時の鎌倉の道をたどり寿福寺に向かう。途中今小路、御成小学校沿いに眼をやり         
鎌倉のみちをうかがう。 

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寿福寺は臨済宗建長寺派の寺。この寺は正治2(1200)年尼将軍北条政子が源頼朝の供養の為に建てた鎌倉五山第三位である。   

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次に七切通しの一つ亀ヶ谷坂に向かう皆さんです。   
初夏の風が汗ばんだ身体にここちよかった。

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次の見学地、閻魔大王の円応寺。北鎌倉から鶴岡八幡宮に向かう、鎌倉街道添いにある。         
もとは、由比ガ浜にあったお堂で、地震・津波で壊れてしまい、江戸中期に現在の場所に移された。

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円応寺見学後、鶴岡八幡宮で昼食、休憩、自由散策。

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 福田先生の説明             境内          舞殿での神前結婚式 

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     源氏池      

         
休憩後、鎌倉国宝館を『鎌倉の至宝ー国宝・重要文化財』を見学。      
国宝 当麻曼荼羅縁起絵巻、重文 地蔵菩薩立像、等が展示。         
平常展示『鎌倉の仏像』展もガラス越しではなく、直接拝見。

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最後の見学地、新田義貞の鎌倉攻めにより、東勝寺で自害した、北条髙時以下の菩提を         
弔うため、髙時邸跡に後醍醐天皇が建立した、宝戒寺(天台宗)に向かう。       
(鎌倉の天台宗は、宝戒寺と杉本寺の2寺のみ) 

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長谷を起点としての現地巡検のフィールドワークがそろそろ終わりに近づいた。          
宝戒寺前より海に向かって伸びる小町大路をしばらくあるいていくと、木立のなかに         
日蓮上人が、法華経の教えを説いた地、日蓮辻説法跡があり、その先に       
福田先生の発掘現場を見る事が出来ました。   

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「よすみを探る」最後の四つ角、大町大路の説明を受ける。

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心地よいFWでした。次回も楽しみにしています。    

   

2012年5月18日 (金)

B-17 はじめからの鎌倉(その2) フィールドワーク1

B-17 はじめからの鎌倉(その2) フィールドワーク1

B-17 はじめからの鎌倉(その2) 歴史考古学の成果と現地巡検 は、本学文学部文化財学科が担当する講座で、鎌倉時代の武士の暮らしを教室で考え、現地でさぐってみる鎌倉入門講座です。

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

513日(日)は、B-17 はじめからの鎌倉(その2) 歴史考古学の成果と現地巡検 のフィールドワークⅠ 「鎌倉の海と山」 の開催日でした。

当日は快晴! 長谷駅に集合。今日のコース説明を受ける。

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まずは、長谷駅から歩いて稲瀬川河口へ、河口で仏法寺跡方面の山並みを見ながら当時の鎌倉の道を窺う。

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その後、当時の鎌倉の道を辿り、笹目にある塔ノ辻①(五輪塔)、六地蔵②(古くは周辺に刑場が有り、霊を弔うため地蔵が祀られた。道路拡張整備のため現在のように縮小)を眺めながら若宮大路へ

Photo_47 ①塔ノ辻  Photo_48 ②六地蔵

若宮大路の下馬四つ角付近の、下馬橋①(かつては、佐助川に架かる橋があって「下の下馬橋」と呼ばれていた。橋が復元)、浜の大鳥居跡②や若宮大路を歩道橋③より眺め、元八幡に向かう。

Photo_49 ①下馬橋

1_4 2_4 ②浜の大鳥居跡

Photo_58 Photo_50 1_8 ③若宮大路の歩道橋

元鶴岡八幡宮にて由来などの説明を受け来迎寺に向かう。

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※元鶴岡八幡宮(由比若宮)は源頼義が開基。康平6年(1063)由比若宮を創建。その後源頼朝が治承4年(1180)に現在の鶴岡八幡宮の地に移した。

次に、時宗 随我山 来迎寺(元々真言宗能蔵寺のあった所)で三浦大介義明(みうらおおすけよしあき)公之墓を見学

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次の見学地、光明寺を目指す。

途中五所神社、実相寺を通り、リスの姿を見ながら散策する。

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天照山蓮華院 光明寺浄土宗 大本山)にて、境内で昼食と休憩をとる。前回は、山門を拝観(安置されている仏像など)しましたが、今回は境内を自由散策。

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昼食休憩後、藤家墓地を見学する。大きな宝篋印塔がたくさん並んでいて圧巻でした。.

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※江戸時代の大名・延岡藩内藤家のお墓。

次に、山裾を抜け和賀江嶋へ(和賀 江の築島ともいう)。現存最古の港湾施設であり、国の史跡に指定されている。築港に使われた石の多くは、湯河原あたりの海岸の石と伝わる。当時の漆器などの欠片が今でも多く出るとの事。参加者で宝探し、成果は秘密・・・。

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由比ガ浜海岸を散策後、新居閻魔堂(円王寺の前身。元禄16年の震災で大破)のあった辺りを散策し、滑川沿で発掘状況や当時の浜の風景(一の鳥居の前面、海浜部は前浜と呼ばれ、武士の鍛錬の場。商人たちの倉。埋葬の場所。)を窺う。

次に最後の見学地和田塚に向かう。

和田塚は、和田合戦の戦没者を弔った言い伝えと、古くは無常堂と呼ばれ、弘長元年関東新制条に「道路に病人や孤児、死骸や牛馬を捨てることを禁じる。病人や孤児は発見次第、保奉行人の責任で無常堂に送れ」とある。無常堂の場所は不明だが、和田塚が相呼ばれたのは、骨が多く掘り出されたことからだと思われる。

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本日の巡検コースは終了。

参加者の万歩計は約15,000歩、約89キロの散策であった。

お疲れ様でした。 次回をお楽しみに・・・。

2012年4月27日 (金)

日帰り美術観照スタディ・ツアー ―伊勢原の仏像―

4月15日(日)はB-18 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川県の仏像Ⅳ~伊勢原に仏像を訪ねて~の開催日でした。前日は激しい大雨にも関わらず、当日はここちよい天気に恵まれました。
伊勢原駅に集合し、駅より終点「日向薬師」行のバスで約20分、表参道の入口到着。
参道に入る前に白髭神社に立ち寄りました。
白髭神社は、ここに逃れて住み着いた高句麗の玉若光を祀ったのがはじまりだそうです。

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   白髭神社

そこから、急な山道の階段を登って日向薬師へ向かいました。途中、仁王像が並び立つ山門を抜け、そこから、舗装されていない山道を歩き日向薬師の本殿へ。

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     山門

あいにく、本殿は改修工事のため参拝できませんでしたが、境内にある銅鐘、幡かけの杉や虚空蔵菩薩を見学しました。

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  改修中の本堂          虚空蔵菩薩

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   幡かけの杉              銅鐘

その後、境内で昼食をとり宝物殿を見学。こちらは国指定重要文化財・木造薬師如来像等が多数あり見所満載でした。(こちらは写真撮影禁止なのでお見せできないのが残念!)

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   宝物殿入口

当日は春季例大祭が開催され、境内は桜と人々で華やかな賑わいをみせていました。
また、年度最後の宝物殿本尊開扉大法会も行われ、大変貴重な時を過ごさせていただきました。

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    境内の様子         周辺の山々

工藤先生の丁寧な解説で、より一層歴史的な遺物について新たな知識を身につけられる事ができ、道中、山々の桜がとてもきれいで心洗われる、フィールドワークでした。

2011年12月 2日 (金)

日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像2

11月20日(日)は、

B-26 日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像(2)~江戸の庭園と仏像~

の開催日でした。

講師は本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生です。

この講座は、フィールドワーク前に事前講義を行い、

実際に自分の目で美術観照(フィールドワーク)する講座です。

『東京の仏像』2回目となる今回は、浅草・上野、芝公園付近の庭園と仏像を訪ねます。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

浅草のシンボル、浅草寺の雷門前に集合です。

東京観光の代表的スポットでかつ日曜日なだけに大変な賑いでした。

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混雑する仲見世通りは避け、裏道から浅草寺の境内へ向かいます。

まずは浅草寺の本坊である伝法院へ。

ここには小堀遠州の作とされる回遊式庭園があり、国の指定名勝とされています。

通常は一般には非公開なのですが、11月1日から12月5日まで特別公開されており、

中を見ることができました。

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庭園からはスカイツリーも望めます。

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続いて同じく浅草寺境内内の浅草神社へ。

土師真中知(はじのまなかち)、そして檜前浜成(ひのくまはまなり)・武成(たけなり)の

三柱の神が祀られています。

浅草寺の本尊は観音菩薩ですが、この聖観音像は、もともと飛鳥時代に漁師の手によって

隅田川から引き上げられたものと伝えられています。

檜前浜成・武成の兄弟はこの縁起に登場する漁師、

土師真中知は出家して観音像を供養護持した僧侶なのだそうで、

つまりは浅草寺の創建に関わる三人が祭神とされている訳です。

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地下鉄で上野まで移動、パンダ橋を渡って上野公園内の清水観音堂へ向かいます。

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上野公園はかつてその全域が寛永寺の境内で、江戸城の鬼門の守護を担っていました。

境内の伽藍は京都の寺院になぞらえて建立されたものが多く、

今回訪ねた清水観音堂も京都の清水寺を模した懸造りとなっています。

小さいながら舞台もあります。

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舞台の真正面には不忍池の弁天堂。

こちらは琵琶湖と竹生島の弁才天に見立てられるとのこと。

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続いてはJRで浜松町へ。

歩いて芝の増上寺に向かいます。

江戸城の北東にある寛永寺が鬼門の守護とされていたように、

江戸城南西の増上寺は裏鬼門の守護とされていたそうです。

大門越に東京タワーが見えます。

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さて、ここでの目的は重要文化財である三解脱門の拝観です。

三解脱門の楼上(二階部分)は本来は一般非公開ですが、9月17日から11月30日まで

戦後初の特別公開が行われており、登ることができました。

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先生が下見でいらした時には全く並ばなかったそうなのですが、

公開期間終了間近だから境内に入ってみると予想外の長蛇の列でした。

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40分ほど並んで門の中に入れました。

急勾配の階段を登り楼上へ。

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楼上には釈迦三尊像、十六羅漢像、加えて増上寺の歴代上人像が安置されています。

入るまでの行列の割には楼上内に人は少なめでゆっくり観照することができました。

 

ここで今回のツアーは終了です。

昨日の暴風雨が一転、見事な秋晴れが最後まで続き、「晴れ男」工藤先生の

面目躍如の一日でした。

受講者の皆様、お疲れ様でした。

次クールのスタディ・ツアーにもぜひご参加下さい。

 

2011年11月15日 (火)

忘れ去られた鎌倉の姿 FW4 東慶寺・浄智寺・浄光明寺

今日11月13日(日)は、「B-24忘れ去られた鎌倉の姿」の

4回目のフィールドワーク「東慶寺・浄智寺・浄光明寺を訪ねる」です。

B-24 忘れ去られた鎌倉の姿 は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

天気予報は晴れ、気温も21℃と、この時期にしては暖かく(暑いかも?)、

絶好のフィールドワーク日和です。

北鎌倉駅で下車、ホーム内の踏み切りを渡って、駅舎改札前に10時に集合。

いよいよ出発です。

今回のフィールドワークも福田先生が講師です。

各所で先生からの説明を受けながら拝観・見学します。

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まずは、最初の目的地である東慶寺へ。

東慶寺は松ヶ岡御所ともいわれ、「駆け込み寺」「縁切り寺」と呼ばれる尼寺です。

梵鐘や墓所(歴代住職や有名人の墓も多数あり)、泰平殿などを拝観の後、

松ヶ岡宝蔵(土門装飾の聖観音立像、

葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱、縁切り文書など)を見学しました。

皆さん、縁切り文書を真剣に読んでいらっしゃいましたが…?

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続いて、浄智寺へ移動。

浄智寺は鎌倉五山第4位の寺です。

鐘楼門、仏殿(曇華殿)などを拝観しました。

入口の防火水槽工事の際に発見された常滑大甕の中から古銭(推定18万枚)が発見され、

現在、鶴見大学で調査中だそうです。

(一枚一枚、錆などを落としてどんな銭なのか確認するそうですが、今は7万枚辺り…?)

さて、次に浄智寺背後の天柱峰(海抜97m)を越え、源氏山を目指し、

日野俊基墓に到着、拝観を終え、源氏山公園で昼食・休憩です。

各自、鳶に注意しながら(烏が多いせいか、思ったより鳶は少なく)

昼食を済ませ、後半に備えます。

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13時10分、午後の部のスタートです。

化粧坂を下り(所々に白いものが混じった岩がありますが、

貝の化石だそうで、この辺りが海だったことが分かります)、岩舟地蔵堂へ。

途中、亀ヶ谷坂などの説明を聞きながら、泉谷山浄光明寺へ。

浄光明寺は、前回の講義をしていただいたご住職の大三輪龍哉先生のお寺です。

ますは、浄光明寺執事の古田土さんから説明を受け、山内を拝観・見学しました。

阿弥陀如来及び両脇侍坐像は東京国立博物館にお出ましのため拝観できませんでしたが、

木造愛染明王坐像、木造不動明王坐像、木造地蔵菩薩(矢拾地蔵)が拝観でき、

石造地蔵菩薩坐像(編引地蔵)なども拝観しました。

その他、山内には令泉為相墓、浄光明寺五輪塔(覚賢塔)、庭園などもあります。

今回は特別拝観もあり、受講者の皆さんは満足されていたようです。

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最後に実朝・政子の供養塔を見学してから、鎌倉駅で3時20分頃に解散となりました。

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歩いていると少し暑く感じられましたが、気持ちのよい秋の一日でした。

受講者の皆さんや先生のお陰で、事故もなく無事に終えることができました。

有難うございました。

お疲れ様でした。

次期の鎌倉も、よろしくお願いします。

 

2011年11月14日 (月)

文化財スタディ・ツアー(12) 伝説とロマンの島、隱岐へ 3日目

11月4日(金)~6日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

12回目の今回は、「伝説とロマンの島、隱岐へ」。

10月29日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、最終日3日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

6/6(日)曇り  第三日目

最終日は参加者、関先生の願いが叶い曇りとなる。

最終日の行程は、観光バスで島後(隠岐の島町:隠岐の島で一番大きな島)隠岐国分寺=

水若酢神社=白鳥展望台=浄土ヶ浦海岸=昼食=佐々木家=玉若酢命神社=

フェリーで七類港、米子鬼太郎空港から羽田空港

 

最初の見学地「隠岐国分寺」に向かう。

「隠岐国分寺」本堂(昭和に再建され2007年2月焼失)の後方に

棚囲いの建物があったことを示す礎石郡 隠岐国分寺境内(国史跡)」がある。

元弘の変で隠岐に配流となった後醍醐天皇の行在所跡と云われている。

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写真(1):隠岐国分寺の山門に向かう。

写真(2):隠岐国分寺の境内。奥に行在所跡が見える。

写真(3):参道横の南門跡・中門跡の礎石などを説明する。

写真(4)(5):後醍醐天皇御在所阯・隠岐国分寺境内

写真(6):後醍醐天皇後尊像を祀る王城鎮守社

写真(7):資料館で「隠岐国分寺」の由来などを説明する。

資料館は、国の重要無形民俗文化財「隠岐国分寺蓮華会舞(れんげえまい)」の

資料展示や公演会場となっている。

写真(8):焼失した本堂の「本堂再建の地」発掘調査(調査中)場所

(昭和に再建された本堂は、2007.2.25本堂から出火し全焼。

国の重要無形民俗文化財の古典芸能「蓮華会舞(れんげえまい)」に使われる

面9枚(平安―桃山時代)も焼失した。)

写真(9):御住職より本堂焼失、発掘調査のお話を聞く。

    創建当時の瓦や柱に巻かれた飾り瓦などが出土し奈良時代の物と思われる。

    まだ調査中で今後の調査が楽しみである。

 

次に、水若酢神社(本殿は1795年の再興された物)、

古墳、隠岐島の民俗資料や伝統文化伝承施設を見学する。

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写真(2):水若酢神社の由来や、本殿(国指定)を説明する。

写真(3)(4):本殿を見ながら、隠岐地方の特色である「隠岐造り」について説明する。

写真(5):今日挙式があるとのこと、固めの杯が見える。

写真(6):水若酢神社古墳群のひとつを見学。横穴式石室で石棺二基が見つかる。

写真(7)(8):隠岐郷土館(明治18年隠岐四郡役所として建造。

明治100年記念事業で現在の地に移築)で

近代魚法以前の魚撈や生活用具と「竹島」の資料などを見学する。

写真(9)(10):「五箇創生館」で隠岐古典相撲や牛突きの映像を見る。

 (9)の土俵は鏡餅の様に三重土俵。

 (10)牛突きの牛(横綱牛の剥製)

  (相撲の勝者に土俵脇の四本柱が与えられ、

   相撲は神事として地域の代表として取られる。最高位は大関である。

   牛突きは隠岐が最も歴史が古く盛んであるそうで、

   人間の相撲にはない横綱も牛にはある。

   掛かる経費は自前で主婦は大変とのこと・・・。)

 

神社を後にし、次の白鳥展望台に向かう。

バスを降りて、展望台まで散策。

日本海の先は朝鮮半島。快晴でも見えないそうです。

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次に向かうのは、浄土ヶ浦海岸

晴れていると岩礁群と透き通った海との対比は独特の世界を演出するそうです。

残念です。

みんな海岸に降りて一時の休憩を取る。

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昼食時間まで、少し時間が空いたので島で数少ない海水浴場「春日の浜」と、

目の前の春日神社による。

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昼食は、海藻ご飯と海の幸を楽しむ。食事処降りるとこんな景色が広がる。

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休憩の後、午後の行程に入る。

先ず「佐々木家住宅」に向かう。

佐々木家住宅は隠岐最古の木造住宅で、

母屋は杉皮葺きの石置き屋根が特徴。(国有形文化財)

土間に入ると生活用具があり、囲炉裏の火で少し煙たい。

管理人からカミノマなどの各部屋の説明を頂く。

屋根に約800個の石をのせているとのこと、頑丈な柱が支えている。

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最後の見学地「玉若酢命神社」に向かう。

「玉若酢命神社」は、隠岐開拓の祖神といわれる若酢命を祀り、

本殿は国重要文化財である。

先ず神社の社家「億岐家住宅(国重文)」で宝物館には、

隠岐国駅鈴や光格天皇から贈った唐櫃・隠岐倉印(いずれも国重文)」などが展示。

「駅鈴」は二個あり、

日本で唯一現存する物で往復はがき(昭和51年~56年に発行)で使用された。

「億岐家住宅」脇の鳥居を通り「玉若酢命神社」に向かう。

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写真(1):億岐家住宅

写真(2):「玉若酢命神社」大鳥居

写真(3):樹齢1000年とも2000年とも云われる八百杉(国指定天然記念物)が出迎える。

写真(4):拝殿

写真(5)(6):本殿造りの解説をする関先生。

神社右の丘陵には、14基の古墳群(県史跡)があり

前方後円墳(全長32m)に向かい跡地で説明を受ける。

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今回のツアーは、現地の移動は船とバスの乗降り、天気も色々でしたが何とか無事終了。

一路七類港に向け隠岐の島を後にする。

2時間半船旅となる。

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当初海が荒れる予報でしたが参加の皆様、先生のお蔭で穏やかな船旅となりました。

有り難うございました。

七類港から米子鬼太郎空港へバスで移動。

米子鬼太郎空港で一応解散し、羽田空港へ

以上、全行程終了です。

 

2011年11月12日 (土)

文化財スタディ・ツアー(12) 伝説とロマンの島、隱岐へ 2日目

11月4日(金)~6日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

12回目の今回は、「伝説とロマンの島、隱岐へ」。

10月29日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、2日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

6/5(土)雨  第二日目

先生の願い虚しく雨となる。

二日目の予定は、貸切バスで隠岐神社・海士町後鳥羽院資料館=

貸切観光船で国賀海岸=昼食=

貸切バスで由良比女神社=赤尾展望台=国賀浜=摩天涯=

黒木御所=フェリー別所港から島後(どうご)隠岐の島町へ

 

宿を8:30出発

貸切バスで隠岐神社・海士町後鳥羽院資料館へ向かう。

途中、村上家(車中で見学)「村上家は、村上天皇とも、

瀬戸内の村上水軍のながれをくむといわれる。

後鳥羽院上皇が隠岐に流されとときは、村役人の代表として世話をした。

門は後鳥羽院上皇の行在所で、明治の廃仏毀釈で焼失した源福寺にあったものといわれる。

現在は住居として使用しているため見学できず。

資料は海士町後鳥羽院資料館に展示されている。」

 

隠岐神社・海士町後鳥羽院資料館に到着。

石棚囲いのなかに、後鳥羽院上皇の行在所(隠岐の仮御所)であった

源福寺跡の礎石が残っている。

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そして、隠岐神社に向かう。

隠岐神社は後鳥羽院上皇の没後700年祭を記念して

1939年に、後火葬場の隣接地に造営られた。

本殿は隠岐造りの立派なものである。

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後鳥羽院上皇は、武芸と学問に優れ、

『新古今集』の中から367首の『隠岐本新古今集』を選定したり、

都から御番鍛冶を招いて刀鍛冶などもされた。

刀を打つことを好み、刀工の鍛冶に好みの兵庫鎖拵えを打たせた。

また自らも刃紋を入れそれに十六弁の菊紋を入れた(菊一文字)。

「御所焼」「菊御作」と呼ばれる。

天皇家の菊紋のはじまりとされる。

拝殿右側の石碑「月山源貞一奉納刀打初之所」で説明する関先生。

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後鳥羽院上皇の火葬塚(隠岐島前で生涯を閉じた後鳥羽上皇が埋葬された場所)

1221年の承久の乱で、鎌倉幕府倒幕の兵をあげ敗れた後鳥羽上皇は、

隠岐に配流となり、19年間を隠岐で過ごして延応元年(1239)に60歳で崩御した。

遺骨の一部は京都に持ち帰られたが、その他の遺骨は廟殿に納められた。

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後鳥羽院上皇に関するものや来国光作の太刀、

村上家所蔵の上皇の遺品などが展示されている。

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次の目的地見学のため、別府港より貸切観光船(一日目と同じ船員)にて

国賀海岸(摩天涯、通天橋、明暗の岩屋など)を観光する。

途中船引運河を通り外海へ。

天気小雨なれど波静かなリ。

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写真(1)(2):観光船の船内

写真(3)(4):船引運

写真(5):亀島

写真(6):摩天崖(高さ257mの大絶壁)

写真(7):国賀浜の国賀神社

写真(8):国賀浜上陸

写真(9):国賀浜から通天橋を見る

写真(10):船着場から国賀浜を後にする

写真(11):滝見の岩屋(白い岩が滝のように見える)

写真(12)~(15):明暗の岩屋(200mの海上洞窟)

写真(16):国賀海岸を後にし、昼食先の半田の隠岐シーサイドホテルに向かう。

 

2日目の昼食は隠岐シーサイドホテルのレストランで白イカの刺身などを堪能する。

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午後は、貸切バスにて観光協会の案内テープによる説明にて、見学地を周る。

「由良比女神社」車中にて、後で見学する。

午前中観光船にて見学した所をバスで周る。

残念ながら外は雨と霧で視界不良である。

摩天崖さらに濃霧のためバスから降りず引き返す。

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写真(1)~(4):尾展望台。うっすらと海岸線が見える

写真(5)(6):国賀浜 午前中上陸し通天橋を見た場所

晴れているとこんな景色である。

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「由良比女神社(ゆらひめじんじゃ)」は海上安全の守護神として信仰を集める神社で、

本殿は、春日造変態で、向拝唐破風、俗に枡形明神造というらしい。

道路から、社殿の側面が見えるが、拝殿・幣殿・本殿と繋がった形は美しい。

神社と拝殿、本殿の造りについて説明する先生。

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由良比女神社とくにイカの神様として知られ、

前の由良の浜には毎年10月から翌年2月にかけてイカが押し寄せ、

別名「いか寄せの浜」と呼ばれている。

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次に、後醍醐天皇の行在所だったと島に伝わる「黒木御所跡」に向かう。

途中、「後醍醐天皇御腰掛石」の史跡を見学。

(黒木の御所で密かに島から脱出を計画し、船を待つ間休憩したと伝わる石)

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黒木御所跡に到着、「碧風館」(資料館)が閉まっていたので、

御所跡を見学し、隠岐は配流となった際雇従してきた

三位局(阿野康子:天皇に特に寵妃された方)の屋敷後を見学する。

帰り際に資料館の職員とバスですれ違い、再度戻って資料館を見学する。

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写真(1):雨の中、急な石段登る。

写真(2)(3):行在所だったと島に伝わる「黒木御所跡」

写真(4):「黒木御所跡」のある黒木山(天皇山)から湾内を望む。

写真(5):配流となった際、雇従してきた三位局の屋敷後を見学。竹やぶの中の史跡

写真(6):「碧風館」(資料館)展示資料見ながら関先生り説明を受ける。

 

本日の行程は無事終了、別府港よりフェリー「しらしま」(初日乗船してきた船)に乗り、

「島前」を後にし「島後(隠岐の島町)」西郷港へ向かう。約80分の船旅となる。

 

西郷港では、目玉おやじと一反木綿が出迎え、宿のバスにのりホテルに着く。

疲れを癒し食事を取る。一日目と同じで宴席で隠岐の味を楽しむ。

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二日目は雨となったが最終日の晴天とは望まないが雨が降りません様に・・・。

(つづく)

 

2011年11月11日 (金)

文化財スタディ・ツアー(12) 伝説とロマンの島、隱岐へ 1日目

11月4日(金)~6日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

12回目の今回は、「伝説とロマンの島、隱岐へ」。

10月29日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、1日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

文化財スタディ・ツアー(12) 伝説とロマンの島、隠岐へ

23.11.4(金)~11.6(日)

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11/4(金)快晴  第一日目

羽田空港集合 9:00

一日目は、羽田空港から米子鬼太郎空港へ。

そして境港よりフェリーで別府港へ、

観光船で菱浦港「島前(どうぜん)」海士町の宿泊地への移動となる。

途中、境港で昼食を取り、フェリー出航までの時間を利用し、

境港駅前水木しげるロードを散策する。

昼食場所(大漁市場)にてお土産の品定めをしながら各自で昼食をとる。

一部の方は、近隣の回転寿司で地魚を楽しむ。

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境港駅前で鬼太郎、ねずみ男、目玉おやじと遊びながら

執筆に没頭する水木しげるが出迎える。(1)

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山陰の地図を見ながら見学地隠岐の島を説明する関先生。(2)

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その後、水木しげるロードを散策妖怪たちが出迎える。(3)

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写真(4):鬼太郎(赤ん坊)とお父さん

写真(5):こなき爺

写真(6):目玉おやじ

 

いよいよ隠岐の島へ向けて出航、

フェリーは予約席穏やかな日本海(隠岐海峡)の約3時間、

客室やデッキ・上甲板椅子席で潮風を浴びながら船旅を楽しむ。

西ノ島町別府港で貸切観光船に乗換え一日目の宿泊地海士町菱浦港へ向かう。

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写真(1):フェリー「しらしま」

写真(2):境港港出港

写真(3)(4)(5):穏やかな日本海(隠岐海峡)と島前知夫村辺りの夕日

写真(6)(7):フェリーから貸切観光船(定員30名程度)に乗換え、穏やかな湾内を進む。

写真(8):観光船前方に宿泊のホテルが見える。

 

初日は、飛行機、船の移動で終了。

温泉で疲れをとり、二日目の快晴を願い床に就く。

(つづく)

 

2011年11月 2日 (水)

忘れ去られた鎌倉の姿 フィールドワーク3 極楽寺周辺

10月30日(日)は、B-24 忘れ去られた鎌倉の姿 の

フィールドワーク3 極楽寺周辺の文化財巡り の開催日でした。

B-24 忘れ去られた鎌倉の姿 は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

当日は10時に江ノ島電鉄の長谷駅改札前に集合です。

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空の雲が気にかかりますが、日差しがないほうがかえって暑くなくていい、

今日はフィールドワーク日和だと、皆で励ましあいながら出発です。

本日の参加は36人、先生、引率者を含めると39人で過去最多の人数となりました。

 

まずは鎌倉大仏の方面へ向かいます。

まずあるのは「桑ヶ谷療養所跡」。

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この後に向かう「極楽寺」を開山した忍性によって開かれた施薬院の跡です。

さまざまな疫病が流行したときに、北条時宗が貧民救済のために忍性に命じて

開かせたと伝えられているそうです。

 

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今日は大仏様も拝観せず、大仏坂の切通しも通らず、横の大仏トンネルを通ります。

 

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途中で通称「おばけトンネル」を通りました。(正式な名前はわかりません。)

今もほとんど照明がなく、暗いトンネルですが、昔は素ぼりのトンネルだったそうです。

 

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「月影地蔵尊」。阿仏尼の「十六夜日記」に、

『あづまにてすむ所は、月かげのやつとぞいふなる。』として名前が出ています。

月影ヶ谷の阿仏尼邸にあったお地蔵さまをこの地に移したと伝えられています。

 

「月影地蔵尊」近くの稲村ヶ崎小学校奥のグラウンドの奥に、忍性の墓があるそうです。

入口近くまで近づきお話を伺いましたが、残念ながら見ることはできません。

忍性墓は、4月8日(はなまつり)のみ特別公開されるそうです。

 

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極楽寺のすぐ近くにある「導地蔵尊」。

お地蔵様のその視野の中では、子どもたちを見守って

災難から守ってくださる、と言われているそうです。

 

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「極楽寺」。江ノ電の線路のすぐ脇にあります。

北条重時が創建し、子の北条長時が当時多宝寺にいた忍性を招き開山したお寺です。

宝物殿に入り、さまざまな什宝を見せていただきました。

境内にあるさるすべりの木は、樹齢200年以上だとか。

 

江ノ電の線路沿いを歩いていくと、次にあるのが「阿仏尼邸跡」。

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阿仏尼の家のあった場所は、正確には不明ですが、

おそらくこの辺りだろうといわれているそうです。

十六夜日記に書かれています。

江ノ電の線路のギリギリ、踏み切りのところに碑がたっています。

 

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「針磨橋」。

針金を磨き、針を造っていたといわれています。

七里ヶ浜から極楽寺周辺は砂鉄の良い採集場だったそうです。

  

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稲村ガ崎。

ここで1時間弱のお昼休憩となりました。

ここは、「新田義貞徒渉伝説地」として、石碑がたっています。

新田義貞の鎌倉攻めの際、海に黄金の太刀を投げ入れて龍神に祈願すると、

潮が引き稲村ヶ崎を突破できたという伝説があります。

 

ここにはトンビが本当にたくさんいました。

奴らは背後から狙ってくるため、壁を背にしていると大丈夫だそうです。

また、横から狙う場合もあるので、カーブしている壁だとさらに良いそうです。

 

稲村ガ崎の砂浜は黒いです。

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先ほど見た「針磨橋」でも説明されましたが、

この辺りは砂鉄がとれるため、砂浜がこのような色だそうです。

同じ海岸線でも、少し離れると色がかわるそうです。

 

お腹がいっぱいになったところで、出発です。

 

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「十一人塚」。鎌倉攻めで討ち死にした宗氏以下11人が葬られた場所です。

 

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十一人塚のすぐ近くにある「袈裟懸松の碑」。

日蓮が龍ノ口の刑場へ連れて行かれるとき、

この地の松の木に自分の袈裟を掛けたといわれています。(松の木は残っていません。)

なお、処刑は怪異のために中止となったそうです。

 

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江ノ電の線路の脇を歩きます。

線路と道路の間に柵がないため、まるで路面電車のようです。

 

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「伝上杉憲方墓」。極楽寺の近くにあります。

かなり細い階段・道に入ったところにあります。

入口で、道行く人に「この先に何があるのですか。」と質問されました。

奥の七層塔が憲方の墓で、手前の塔が妻のものとされているそうです。

 

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極楽寺切通。開削された当時は、位置的にはもっと上の方にあったそうです。

(現在は当時の切通しをさらに掘り下げているそうです。)

今回は切通しを通らず、横の成就院への道を通ります。

 

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石段の途中から海が見えます。

現在の海を眺めながら、昔の地形についてお話を聞きます。

階段の脇には紫陽花が植えられていて、

紫陽花の時期には大混雑の場所ですが、今日はとても静かでした。

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坂ノ下の海岸です。

先ほどお昼を食べた稲村ガ崎と比べると、確かに砂浜の色が違います。

 

このあたりでパラパラと雨がちらついてきました。

少し急ぎ足で集合場所の長谷駅までもどります。

今回はこちらで解散となります。

 

今日は雨の予報ではなかったので、

傘を持っていない受講者もいらっしゃいましたが、なんとか最後までくることができました。

今期のフィールドワークでは、まだ一度も雨に降られていません。

今回もなんとかセーフだったと思います。

 

次回のフィールドワークは11月13日を予定しています。

次も晴れると良いですね。

 

2011年10月28日 (金)

横浜はじめて物語 フィールドワーク2 港

10月27日(木)は、B-27 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 の

フィールドワーク2 港 の開催日でした。

(予定では『山手』でしたが、FW1とFW2の予定を入れ替えました。)

この講座は、『横浜』を講義で学び、フィールドワークで実感する講座です。

講師は、横浜ボランティアガイド協議会会長の嶋田昌子先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

この日は、東京地方に「木枯らし1号」が吹いた翌日で、

影に入るとひんやり冷えるけど、日差しはポカポカ。

まさにフィールドワーク日和です。

受講者の日頃の行い、随行した人間(私)の徳の高さでしょうか。

10時にJR関内駅南改札前に集合です。

最初に向かったのは横浜市庁舎。

開港100年の記念事業の一環で建てられた建物です。

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現在、市庁舎1階では姉妹都市を紹介するコーナーが設けられています。

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十数年前に優勝した時に名づけられた「ベイスターズ通り」を通って、

「神奈川県電気発祥の地」の碑を見て、「優勝記念モニュメント」へ。

どうなるんでしょうね、ベイスターズ。

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次は横浜税関へ。

資料展示室を見学させてもらい、「クイーン」とも言われる塔を正面から見る。

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「象の鼻」地区へ。

地面がレンガの部分は昔からの波止場部分。

「象の鼻」の防波堤も明治になってからできたものです。

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開港波止場にある横浜のみなとを作った偉人が紹介されているパネル。

照明器具でもあり、特別な日にはカラフルに色を変えるそうです。

右の写真は転車台。当時はここにトロッコが走っていたんですね。

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大さん橋ふ頭への道、山下臨港線プロムナード の下に

丸太を半分に切ったベンチがあります。

これは海底から引き上げたものだそうですよ。

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山下公園内にあるインド水頭。

天井のモザイクがきれいです。

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あかいくつの少女、沈床花壇を見て、山下公園を抜けます。

沈床花壇は元は船着場だったところです。

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旧横浜居留地48番館。

当時の建物の一部しか残っていません。

以前は見ることできませんでしたが、現在は中を見ることできるように整備されています。

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山下居留地遺跡。

神奈川芸術劇場とNHK横浜放送会館の建築工事の際に遺跡が発見されました。

その出土遺物と調査の概要が神奈川芸術劇場とNHK横浜放送会館の合同施設の

壁に展示されています。

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現在、ブライダル施設になっている旧露亜銀行横浜支店。

おしゃれな再利用されています。

本来は右の写真の柱の上の飾りです。(現在の建物の飾りはレプリカ)

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報告が長くなってきました。

最後は駆け足でご紹介。

上段左は読売新聞横浜支局の1階にある展示。

建設時に地中から発見されたものだそうです。

上段右は煉瓦造下水道管。

下段は旧居留地消防隊地下貯水槽遺構。

のぞき窓があるので、中をのぞけます。

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ここで紹介した以上に歩いて見て聞いて、内容たっぷり充実の2時間30分でした。

天気もとってもよくて、気持ちのよいフィールドワークでした。

受講者の皆様、お疲れ様でした。

またのご受講をお待ちしております。

 

2011年10月27日 (木)

日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像7

10月25日(月)は、B-25 日帰り美術観照スタディ・ツアー 

神奈川の仏像7~横浜に仏像を訪ねて の開催日でした。

講師は本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生です。

この講座は、フィールドワーク前に事前講義を行い、

実際に自分の目で美術観照(フィールドワーク)する講座です。

『神奈川の仏像』7回目となる今回は、大船に仏像を訪ねます。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

集合場所は、大船駅南改札前です。

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当日は雨にも降られずに寒くもなく、暑くもなくフィールドワーク日和でした。

受講者みなさんの集合も早く、予定時刻通りに出発が出来ました。

まずは目的地に向かうためバスに乗りました。

 

向かった所とは、田谷の洞窟で有名な定泉寺です。

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ここは、私もプライベートで訪れたことがあるんです。

 

まずは住職の方よりご説明がありました。

田谷の洞窟にて僧侶たちが坐禅をしていた話など聞けました。

みなさん、真剣に話を聞いています。

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ロウソクが配られると、そんなに暗い場所はこわいなどの声がありましたが、

現在の洞窟内は電気もついているので、そこまで暗くないとのこと。

さぁ、いよいよ洞窟内へと入っていきます。

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洞窟内の写真をアップしたかったのですが、

洞窟内は撮影禁止となっておりますので、ご了承ください。

 

洞窟内の気温は一年を通して16℃となっているそうです。

夏の猛暑の時はすごく快適であり、冬の極寒の時はメガネが曇るそうです。

ロウソクが消えたら近くの人にロウソクの火を頂いて、

皆さん、探検家さながらに観照していました。

 

これは余談になりますが、定泉寺のすぐとなりには“ラドン温泉”という施設がありました。

私がプライベートで定泉寺に訪れた時は営業していましたが、現在はこの通り・・・。

なんだか寂しいですね。

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続いての目的地に向かうため、一度大船駅にバスで戻ります。

受講者皆さんの俊敏さで予定よりも早いバスに乗車することができました。

 

大船駅につき、バスターミナルに向かう途中に皆さんが歩いていた道、

実は横浜市と鎌倉市の境だったそうです。

横浜市と鎌倉市を両方味わえるのはお得な感じですね。

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次の目的地は証菩提寺です。

このお寺は源頼朝により1189年に真田与一義忠の菩提を弔うために建立した寺院です。

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まずは本堂にて住職よりお話がありました。

その後、仏像の観照の開始です。

水晶が目のところに入っていて、まるで本物の目のような輝きをしています。

みなさん、じっくりと見ていきます。

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場所を移動して、今度は工藤先生より解説があり仏像の観照を行いました。

受講者で中がいっぱいです。

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ここで、本日のツアーは終了です。

受講者皆さんの素早い行動により、スムーズなツアーを行えました。

天気も雨に降られることもなく、工藤先生の“晴れ男伝説”は続いていきそうです。

みなさん、お疲れ様でした。

次回のフィールドワークも晴れますように。

 

2011年10月19日 (水)

B-27 横浜はじめて物語FW (山手)

10月13日(木)は、B-27 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 の

フィールドワーク1 山手 の開催日でした。

(予定では『港』でしたが、変更して『山手』を散策しました)

この講座は、『横浜』を講義で学び、フィールドワークで実感する講座です。

講師は、横浜ボランティアガイド協議会会長の嶋田昌子先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

10月13日(木)、「横浜はじめて物語」第三回目の今日はフィールドワークでした。

今回は予定を変更して、山手の丘を散策しました。

この夏公開された映画『コクリコ坂』の舞台にもなった場所なので、

前回の座学のテーマ“関東大震災後の関内・山手の変化”と共に

“映画の中に登場する山手”を探しに行きました。

 

10時にJR石川町駅南口に集合。

駅構内の山手町の地図を見ながら、本日のルートを確認し出発です。

まずは、住宅街から山手隧道(山手トンネル)を抜けます。

長いトンネルを抜けた十字路の脇には、市電車庫跡地の碑があります。

映画の舞台は1963年ですが、1972年に廃止されるまで横浜市内を市電が走っていて、

映画の中にもしばしば登場するそうです。

 山手隧道  市電車庫跡地  

山手隧道の手前にあるアーチ橋は『桜道橋』です。小さな階段を上がって、

橋の上から映画のイラストと比較しつつ、当時の面影を探しました。

 桜道橋  桜道橋

 

橋を渡ってまっすぐ行くと、山手公園です。

入り口には『近代下水道記念碑』があり、ブラフ積・ブラフ溝の説明をうけます。

山手公園は日本最初の西洋式公園です。

 ブラフ溝  近代下水道記念碑  山手公園

自然を活かして作ったイギリス式の公園との説明を受け、階段を上がると、

横浜市の名木古木指定を受ける『タブノキ』の大木が目に留まります。

 山手公園  タブノキ  タブノキ

このすぐ近くにあるのが『カトリック山手教会』です。

教会内部も拝見して、山手本通り沿いを歩いて『ベーリックホール』を抜けて『元町公園』へ。

 カトリック山手教会  カトリック山手教会  カトリック山手教会
 ベーリックホール  ベーリックホール

公園内には異人館遺跡があります。

現在は地下部分のみですが、関東大震災でできた亀裂や地割れを見ることができます。

元町公園は西洋瓦製造所があった場所でもあるので、

遺構横の遊歩道には、発掘されたジェラール瓦の展示もありました。

 元町公園  元町公園  元町公園
 元町公園  ジェラール瓦  
 異人館遺跡  異人館遺跡  異人館遺跡

 

『えの木てい』、『山手234番館』の解説を聞きながら、

『横浜外人墓地』に寄って、『アメリカ山公園』へ。

 えの木てい  山手234番館  山手234番館
 横浜外人墓地  横浜外人墓地

アメリカ山公園からは関内と山手とを分けた運河を眺め、エレベータで元町・中華街駅へ。

 アメリカ山公園  アメリカ山公園
 アメリカ山公園  アメリカ山公園

駅からは山下橋方面に向かって少し散策。

港にマリンタワーや信号旗など、映画のワンシーンを彷彿とさせる場面にも遭遇しました。

 信号旗  山下橋から  マリンタワー

 

最後に、元町商店街の一角にあるお肉屋さんへ。

代官坂の入り口にある『丸英商店』は、映画で主人公がコロッケを買うお店そのもの。

12時半、ここで本日は終了となりました。

 

曇り空の下でしたが、暑すぎず寒すぎず、快適なフィールドワークになりました。

受講者のみなさんお疲れ様でした。

次回の「港」もお楽しみに。

 

2011年10月18日 (火)

B-24 忘れ去られた鎌倉の姿FW2

10月16日(日)は、B-24 忘れ去られた鎌倉の姿 の

フィールドワーク2 小坪~光明寺~由比ヶ浜を歩く の開催日でした。

B-24 忘れ去られた鎌倉の姿 は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

10時に鎌倉駅西口の時計塔で集合。

明け方まで大雨でしたが、

みなさんの日頃の行いが良いせいか、集合時間には晴れていました。

福田先生から今日のコースの概要を聞いた後、出発。

空にはまだ少し雲が残っています。

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今小路通りで海岸線や当時の地面の高さなどの説明を受けながら、

六地蔵前を通り浜の大鳥居跡へ到着。

発掘調査で160cmほどの柱根が出てきたそうです。

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そのまま南下し、途中五輪塔・宝篋印塔前で解説をしていただきました。

五輪塔の年代の見分け方、皆さん覚えていただけましたか?

 

材木座海岸へ出ると、海の向こうに伊豆半島、大島、富士山が見えます。

上を見上げると抜けるような青空で、気温もだんだん高くなってきましたが、

風がとても強く暑さはあまり感じませんでした。

材木座海岸では少しお遊び企画♪「宝探し」ゲームです。

海岸には鎌倉時代の常滑や瀬戸などの焼き物の欠片が

今でもまだ大量に残っているそうです。

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事前に先生が拾ってこられた常滑や瀬戸などの実物を確認して、いざスタート!

和賀江島方面に歩きながら、みなさん下を見て一生懸命探します。

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「これは」と思うものを拾ったら、先生のところへ持っていき鑑定です。

石やコンクリート・土管の欠片などの“はずれ”を拾った方もいらっしゃいましたが、

「持った瞬間に“重い”と思ったらそれは石ですよ」とアドバイスをもらいながら、

ほとんどの方が鎌倉時代の欠片を拾えたのではないでしょうか。

よく見つかったのは常滑の水がめの欠片で、数人の方は瀬戸物を拾われていました。

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「宝探し」の後は、現存する最古の築港遺跡、和賀江島を眺め、海をあとにします。

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小坪坂から光明寺へ抜け、そこでお昼休憩です。

お昼を食べたあとは、お寺の方のご案内のもと、光明寺山門を拝観させていただきました。

一階と二階部分の違いや安置されている仏像のことなど、丁寧に説明していただきました。

山門の上からの景色は、先ほどまでいた海岸と富士山も見えてとてもきれいでした。

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山門拝観のあとは、内藤家墓地を見学します。

江戸時代の大名・延岡藩内藤家のお墓で、

大きな宝篋印塔がたくさん並んでいて圧巻でした。

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光明寺の次は、補陀洛寺へ。

こちらもお寺の方にご案内いただき、

お堂の中で一つ一つの仏像を詳細に説明していただきました。

こちらに安置されている「文覚上人裸形像」は数体しか現存していないそうですが、

そのうちの一体が証菩提寺にも安置されているそうです。

証菩提寺は「B-25 日帰り美術観照スタディ・ツアー~横浜の仏像~」で

今回拝観する予定です。

こちらの講座も参加される予定の方は是非ふたつを見比べてみてください。

 

名越を越えて、本日最後の場所、東勝寺跡へ。

補陀洛寺から東勝寺跡まではかなりの距離で皆さんさすがに疲れがたまってきている様子。

途中自動販売機で飲み物を買って水分補給しながら歩きました。

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東勝寺跡の説明の後、腹切りやぐらまで行ったのですが、

やぐらまで行かず東勝寺跡で待機されている方もいらっしゃいました。

最後に八幡宮まで移動して、解散です。

 

最後までいいお天気でした!

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2011年10月 6日 (木)

B-24 忘れ去られた鎌倉の姿FW(玉縄城周辺を巡る)

10月2日(日)は、B-24 忘れ去られた鎌倉の姿 の

フィールドワーク1 玉縄城跡周辺の文化財巡り の開催日でした。

B-24 忘れ去られた鎌倉の姿 は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

毎回大好評の「鎌倉」をテーマに開催している講座ですが、

今クールはこれまであまり光が当たらなかった分野にスポットライトを当てています。

フィールドワーク初回は、

1512(永正9)年に北条早雲によって築城された『玉縄城周辺』を巡りました。

 

木々の向こうにでっかい頭が・・・あれが大船観音さま。でかいよネェ。 10時に大船駅西口に集合。

まずは、大船観音さまの頭がちょこっと見える柏尾川沿いで、

今回のルートの説明を受けました。

柏尾川も玉縄城のお堀の役割を果たしており、

天然の地形を活かした要塞だったそうです。

 

橋を渡って川沿いを進み、最初に訪れたのは『首塚』です。

早雲の子で初代城主・北条氏時は、阿房の里美氏と戸部川で防戦。

この戦いで城を守る為に戦死した35名を葬ったのがこの首塚です。

ここでは今でも、毎年8月にこの首塚を供養する祭りが行われているそうです。

 氏時は早雲の次男。大永鎌倉合戦(または鶴岡八幡宮の戦い)での戦死者を葬った首塚だよ。

 

首塚の近くのトンネル抜けて龍寶寺へ。

龍寶寺は玉縄北条氏の菩提寺です。

 創建時は他所にあり、1575年に現在の地に移ったそうです。

山門をくぐるとすぐそこに『玉縄ふるさと館』があります。

まずはこちらを拝観。

多くの民族資料と共に、玉縄城関連の遺物や模型も展示されていますので、

登城する前に地形の確認も出来ます。

ふるさと館横には重要文化財に指定されている『旧石井家住宅』もあり、

こちらにも寄ってから本堂へ。

 旧石井家住宅  龍寶寺本堂

境内にある新井白石の碑などにも足を向け、次は諏訪神社へ。

 新井白石碑。文字は読めません。

 

玉縄城本丸を囲む土塁の東側に一段高い場所があり、

ここに諏訪神社はありましたが、廃城後に現在の場所に移されました。

この日、先月の台風の影響で壊れた鳥居を直しているところに遭遇。

鳥居の横を抜けて境内へ。

 諏訪神社

こぢんまりとして趣のある本殿に参拝後、再び鳥居へ戻ってくると、修理は完了していました。

 

ここから一端、県立大船フラワーセンターまで戻って昼食となりました。

英気を養っていよいよ登城開始です。

 

フラワーセンターより植木谷戸に向かうと、

立派なマンション前の小さな公園内に、ひっそりと玉縄城跡の案内板があります。

ここから横道を行くと『七曲坂』へ。

 玉縄城の案内板  七曲坂。彼岸花がきれいです。

急で狭い斜面を歩き上りついたさきは・・・

 急で狭い斜面を上った先が・・・住宅街。

住宅街でした。

 

玉縄城は現在、本丸は清泉女学院の敷地内となり、その周辺は住宅地として開発が進み、

残念ながら当時の面影はすっかり息を潜めてしまっています。

住宅街より本丸を臨んで、ふあん坂(久成寺坂)を下り久成寺へ。

 ふあん坂(久成寺坂とも)。

 

『久成寺』では上杉謙信公の祖先にあたる長尾氏の供養塔を見て、

 久成寺  長尾氏の供養塔(上杉謙信公の祖先)

次は、氏時発願で建立された『二伝寺』に寄り

さらに同じく氏時の代に、開山した『円光寺』に行きました。

城内の祈願所だった円光寺は、その役割を表すように、山号が「城護山」。

諏訪神社同様、廃城となって現在の場所に移りました。

 城護山円光寺

 

ここから昼食場所となった、県立大船フラワーセンターへ戻って解散となりました。

天候にも恵まれ、彼岸花が満開の中、無事終了しました。

みなさんお疲れ様でした。

 

※来年は玉縄城築城500年目の節目の年という事もあり、500年祭が開催されるそうです。

 

2011年7月11日 (月)

百年前の總持寺のにぎわいフィールドワーク

7月11日はB-14 百年前の總持寺のにぎわいのフィールドワーク開催日でした。

この講座は、曹洞宗大本山總持寺が鶴見へ移転して、今年で100年。

当時の写真や新聞記事から、遷祖式の様子を説明します。

最終日には總持寺境内を散策しながら解説します。

講師は本学歯学部特任教授の関根透先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

すばらしい晴天です。

晴天すぎて、暑いsweat01

熱中症に気をつけて、出発です。

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まずは本学を通り抜けて、雙眸丘(三宝殿・大梵鐘)へ。

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毎日、大梵鐘は撞かれていて、大晦日には一般の方も撞けます。

 

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桜木観音は、桜木町でおきた電車事故の供養する観音様です。

今日は東日本大震災のちょうど4ヶ月。

時間も14時50分でしたので、みんなで手を合わせました。

 

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元は池だった本山の駐車場を通り抜け、鶴見事故慰霊碑や放光観音へ。

 

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放光堂は先ごろまで修復工事を行っていて、

今日も、もしかしたら見られないかも、と思っていたら、

工事用のカバーが取れていて見ることができました。

受講者の皆さんの日頃の行いの結果ですね。

 

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大祖堂の地下で行われているパネル展を

本山のご好意で見せていただきました。

ありがとうございます。

 

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總持寺の境内は、移転する前は成願寺の土地でした。

現在の成願寺横を通って、今回のフィールドワークは終了です。

 

受講者の皆さん、暑い中、お疲れ様でした。

帽子・日傘をし、水分補給しながらのフィールドワークでした。

また次回、第2クール(秋季講座)でも本講座を行います。

ご受講をお待ちしております。

 

2011年7月 1日 (金)

B-19 横浜はじめて物語 フィールドワーク2

6月30日(木)は、B-19 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 の

フィールドワーク2 戸部散策 の開催日でした。

この講座は、『横浜』を講義で学び、フィールドワークで実感する講座です。

講師は、横浜ボランティアガイド協議会会長の嶋田昌子先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

今回のテーマは幕末に東海道と横浜港を結ぶ為に作られた「横浜道(よこはまみち)」。

10時に横浜駅を出発し、野毛を目指して歩きます。

 

まずは、横浜駅からホテルベイシェラトンへ。

目的はホテルと地下街の間に展示されている『横浜スカーフ』の展示です。

横浜港からは多くのシルク製品が輸出された歴史を確認しました。

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再び地上へ出て、『新田間橋』へ。

この橋は横浜港と東海道を結ぶ横浜道の最初の橋。

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次は元平沼橋へ。

こちらが横浜道に架かっていた橋「平沼橋」でしたが、

現在その上に架かる橋に名を譲り、『元平沼橋』と改称されました。

当時の橋は関東大震災でほとんど落ちてしまい、

現在の橋は震災後に架けられたものだそうです。

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現在の平沼橋を渡って、平沼商店街を抜け『2代目横浜駅』の遺構を見学。

1代目は現在の桜木町駅。

2代目として建設された横浜駅でしたが

関東大震災で火災に見舞われ取り壊されたそうです。

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岩亀横丁や岩亀稲荷を通って、『掃部山公園』へ。

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ここには開港に深く関わる井伊直弼の銅像が立っています。

開港50年の記念として、公園を作り銅像を立てたとのこと。

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公園から横浜能楽堂を通り、

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坂を登って「関東のお伊勢さん」と称される『伊勢山皇大神宮』に参拝。

この日はちょうど夏の大祓いが行われるところで、境内には茅の輪がありました。

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さらに進んで野毛の『成田山横浜別院』へ。

現在はビルが立ち並び遠くに観覧車が少し覗く程度ですが、

以前はここから港が見下ろせたそうです。

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最後は、横浜市立中央図書館の前で、本日のまとめを聞きました。

当時、横浜道を通って多くのモノや人が往来しましたが、

その中にはコレラ・ペスト・天然痘などの多くの病もあったそうです。

そうした病気の治療に当たったのは、

現横浜市立大学医学部付属病院の前身となった「十全醫院」で、

現在の野毛山公園の場所にあったとの解説を受け、

「横浜道」を歩くフィールドワークは終了しました。

 

この日は天気も良く気温も高かったので、汗だくになりながらの行程でしたが、

およそ3時間、充実した講座となりました。

講師の嶋田先生、受講生の皆様、お疲れ様でした。

 

2011年6月22日 (水)

日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像1

6月19日(日)は、

B-17 日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像1の開催日でした。

講師は本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生です。

この講座は、前日に事前講義を行い、

実際に自分の目で美術観照(フィールドワーク)する講座です。

『東京の仏像』1回目となる今回は、目黒に仏像を訪ねます。

平成22年度第2クールと同じコースです。

前回の様子はこちら

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

お天気が懸念されていましたが、何とか雨は免れました。

太陽は出ていないので、特別暑くもなく、フィールドワークには最適なお天気です。

JR目黒駅西口に13:40集合し、まずは、行人坂をくだります。

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「江戸名所図会」には、「目黒へ下る坂をいふ。寛永の頃、湯殿山の行者某、

大日如来の堂を建立し、大圓寺と号す」とあります。

1つめの目的地、大圓寺は坂の途中にあり、徒歩5分程度です。

 

まずは、入って右手側にある阿弥陀堂で、

本尊である来迎阿弥陀三尊像や西運上人像を拝観させていただきながら、

ご住職にお話を伺いました。

隣の大黒堂に移動し、ここでも詳しく説明をいただきます。

その後、ご好意で釈迦堂で、特別拝観をさせていただきました。

 

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なお、こちらは八百屋お七の恋人・吉三ゆかりのお寺でもあり、

境内には吉三(出家後は西運と改名)のお墓があります。

 

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その後、行人坂をさらに下り、目黒川を渡って2つ目の目的地、蟠龍寺へ。

 

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本堂で住職の息子さんにお話をうかがい、

本尊阿弥陀如来像(都重宝)などを拝観させていただきました。

その後、岩屋弁財天を拝観させていただきました。

岩窟は戦中には防空壕として使用されたそうで、とても深いとのことですが、

現在は入口付近に安置されています。

 

また、元来はこちらにあって、

現在はフランスのパリ市立チエルニスキー美術館に収蔵されている

「金銅阿弥陀如来像」について、興味深いお話をしていただきました。

(4メートル余あった巨大な如来像のため、船に載せるときは分割したそうです。)

 

次に、徒歩で5~7分程度の瀧泉寺(目黒不動尊)へ。

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近年のパワースポット流行で、若い参拝者が目立ちます。

少し休憩した後、最後の目的地、五百羅漢寺を目指します。

 

目黒不動尊からは、徒歩5分程度です。

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まずは、羅漢堂を進みながら、ゆっくりと拝観します。

その後、本堂に移動し、先生のお話を伺いました。

五百羅漢像などの諸仏像(現存305体)は、1人の禅師の手によって、

十数年の間に彫造されたそうです。

その数は見るものを圧倒します。

 

ここで今回のフィールドワークは終了、解散です。

「私は晴れ男です」と宣言した工藤先生のおかげか、

なんとか最後まで雨に降られず、終了することが出来ました。

みなさんお疲れ様でした。

なお、同行した広報課員の万歩計によると、全行程で約6000歩でした。

3キロ程度でしょうか(受講生の皆さんはもう少し少ないかもしれません。)

 

2011年6月17日 (金)

B-19 横浜はじめて物語 フィールドワーク1

6月16日(木)は、B-19 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 の

フィールドワーク1 山手散策 の開催日でした。

この講座は、『横浜』を講義で学び、フィールドワークで実感する講座です。

講師は、横浜ボランティアガイド協議会会長の嶋田昌子先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

10時にみなとみらい線の「元町・中華街駅」元町口から出発しました。

まずは改札から谷戸橋を渡ってすぐの所にある横浜地方合同庁舎前へ。

谷戸橋

ここにはヘボン式ローマ字で有名な、ヘボン博士邸跡の石碑があります。

ここで、少し解説を聞いたあと、再び駅に戻って元町通りの裏へ進みました。

ヘボン博士邸跡

1888年創業の有名店「ウチキパン」前で、当時の浮世絵を見ながら、

こぼれ話を聞きつつ、ジェラール水屋敷地下貯水槽へ。

ウチキパン

ここは開港当時に日本で最初の船舶給水業を行った場所。

今でも湧水をみることができます!

ジェラール水屋敷地下貯水槽 ジェラール水屋敷地下貯水槽 ジェラール水屋敷地下貯水槽

さらに、代官坂へ出て、開業1873年の宮崎生花店を見ながら、

坂の名前の由来にもなった、横浜村名主石川徳右衛門の邸宅跡を拝見。

ここではかのペリー提督も接待されたそうです。

宮崎生花店 石川徳右衛門邸宅跡

 

再び駅前に戻って、元町・中華街駅の改札右側のエレベーターを使って屋上へ!

するとそこは花壇の花が綺麗なアメリカ山公園でした。

アメリカ山公園 アメリカ山公園 アメリカ山公園

高台から港方面を眺めつつホテルニューグランドの逸話を聞き、

ここから横浜地方気象台(アール・デコ建築)へ寄り道。

横浜地方気象台

さらに、山手資料館、港の見える丘公園内のフランス山を抜け、

イギリス館を拝館。ローズガーデンを抜けて再び駅に戻って解散となりました。

フランス山 イギリス館 ローズガーデン

 

今回は、来航した西洋人たちの暮らしをたどるフィールドワークでしたが、

盛りだくさんの内容でした。

雨にも降られること無く、無事に終了となりました。

 

2011年6月15日 (水)

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ【3日目】

6月3日(金)~5日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

11回目の今回は、「飛騨から美濃へ」。

5月28日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、最終日3日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

6/5(日)雲  第3日目

虎渓山永保寺~一日市場館~土岐頼貞の墓~犬山城~熱田神宮

8:00 宿出発 「虎渓山永保寺」へ

【虎渓山永保寺】

虎渓山永保寺は、西から迫る長瀬山や、

前を流れる土岐川の清流奇岩を借景とした庭園(国名勝)や伽藍を配している。

庭園は夢窓疎石初期の作庭、国宝の観音堂(一重裳階付入母屋造で、

唐様と和様の折衷様式)、国宝の開山堂(室町初期の典型的な唐様建築)を

見学するが開三堂は修復中のため見学出来ず。

本堂は焼失後に建てられたのこと。

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次の見学地「一日市場館」向かう。

【一日市場館】

一日市場館は、現在は八幡神社の境内となっている。

境内に「美濃源氏土岐氏発祥の地」の石碑と案内板がある。

館の遺構らしきものは残っておらず、ただ拝殿裏に土塁跡らしきものを説明する講師。

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次の見学地「土岐頼貞の墓」向かう。

【土岐頼貞の墓】

住宅地の中に、土岐頼貞と土岐氏累代の墓石(宝篋印塔・五輪塔)がひっそりと並ぶ。

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次の見学地「犬山城」向かう。約60分で、目的地に到着

【犬山城】

国宝犬山城は、豊臣秀吉が1584年小牧長久手合戦の際に、

大坂城から12万余の大軍を率いてこの城に入り、

小牧山に陣を張った徳川家康と戦ったお城。

明治の廃藩置県で天守閣を除く建物は取り壊され現在に至る。

日本の国宝「犬山城」「彦根城」「姫路城」「松本城」4城の中で最も古いお城。

希望者のみ見学するが、大渋滞で登って降ってタイムリミット・・・残念。

天守閣前で新婚カップルが写真撮影。お幸せに・・・・。

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続いて瀬戸市内へ向かい昼食をとる、

瀬戸は日本有数の陶磁器である瀬戸焼の生産地として知られる。

「瀬戸物」(せともの)という名称は、この地の古くからの地名である「瀬戸」に由来する。

昼食後、瀬戸物などのお買い物。

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瀬戸市内を離れて、最後の見学地「熱田神宮」へ。約60分の車中旅

【熱田神宮】

熱田神宮西門に到着、「熱田まつり」で賑わう参道の露天を見ながら散策、

途中織田信長が奉納(信長塀)した土塀を見ながら本宮へ進む。

本宮(明治26年までは尾張造りの社殿でしたが、

三種の神器奉斎の社であることから伊勢の神宮とほぼ同様の

社殿配置・規模の神明造りに改造された。)で文化財ツアーが無事終了のお礼と、

参加者の益々の健康を祈り熱田神宮を後にする。

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6月3日(金)より2泊3日の文化財スタディ・ツアー最終地点、名古屋駅に到着。

現地で解散する。

天気にも恵まれ、無事終了致しました。

皆様のご協力有り難う御座いました。

 

2011年6月14日 (火)

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ 【2日目】

6月3日(金)~5日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

11回目の今回は、「飛騨から美濃へ」。

5月28日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、2日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

6/4(土)晴  第2日目
 城山公園 高山城址~照蓮寺~高山陣屋跡、朝市見学~高山別院照蓮寺~

飛騨国分寺~郡上八幡(城・岸剣神社・宗祇水・街並散策)~

東氏館跡庭園~永久の乱合戦供養塔

8:15 宿出発 「城山公園 高山城址」へ

【城山公園 高山城址】

高山城址(県史跡)、本丸に向かい木々の中約20分の山登り、

途中「廣瀬武夫銅像」(日露開戦で旅順港の閉鎖戦で、部下を思っての戦死し

「軍神」として伝説化され、国民的英雄となった)見て、

号砲平(塩蔵)、中段屋形、使者之間を経て本丸屋形へ。

                               (廣瀬武夫銅像)

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                   (使者之間)

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注) 廣瀬武夫は、父(高山裁判所長)の赴任で、

高山煥章学校に入学卒業後、海軍兵学校に入学。

(本丸屋形跡)      (本丸屋形跡から高山市内を望む)

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本丸屋形跡より山城を下り、二の丸跡に立つ「金森長近公の像」を見学

(金森長近公は飛騨高山藩の初代藩主)

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続いて、二の丸跡奥の照蓮寺へ向かう。

 

【照蓮寺】

本堂は(国重要文化財)、入母屋造、銅板葺き(元はとち葺き)で書院作りの形を残す。

また梵鐘は国重要文化財と指定された高麗(こうらい)時代の鐘がある。

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    (梵鐘)           (本堂)

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続いて、市内の「高山陣屋跡」に向かう。

 

【高山陣屋跡】

幕府の御役所(江戸勘定奉行直属)の跡。

迷路のような居間や米蔵を見学。

居間から見る庭で一休み。玄関居間で「もち花」居間の柱にうさぎ釘隠しが出迎える。

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高山陣屋跡前の朝市で参加者買い物をし、街並を見ながら高山別院照蓮寺に向かう。

約15分の散歩

【高山別院照蓮寺】

山別院照蓮寺」は、真宗大谷派の高山別院で、

開基は親鸞聖人の弟子嘉念坊善俊(かねんぼうぜんしゅん)。

戦国時代、飛騨国白川郷中野の「照蓮寺」が、金森長近の命で移転した寺院。

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引き続き街並みと宮川朝市を横目に見ながら飛騨国分寺に向かう。約15分の散歩

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【飛騨国分寺】

この寺は1250年の歴史を持つ、鎮護国家の願所、飛騨国第一の古刹。

県重要文化財の三重塔の側に、

天平最初の七重大塔(国重要文化財の史跡)の礎石を残す。

本尊の薬師如来坐像(国重要文化財)、脇に阿弥陀如来(県重要文化財)、

聖観世音菩薩(国重要文化財)、弁財天(円空作)を安置する本堂を拝観する。

また、1695年(元禄8年)、飛騨国が天領となり、高山城が取り壊され、

一部は飛騨国分寺に移築され、鐘楼門(県重要文化財)見守るように、

樹齢1200年の大銀杏が生きづいている。

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お城から市内を約2時間半の散策、いささか疲れ気味。

次の目的地、郡上八幡昼食先に向かう。1時間半の旅となる。

~郡上八幡昼食~

小鉢がたくさん、後半の体力をつける。

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【郡上八幡(城・岸剣神社・宗祇水・街並散策)】

午後の見学地「郡上八幡城」へ、天守閣まで約15分坂道を登る。

天気がよくみんな汗だく・・・。

天守閣は気持ちよい風が吹く。金の弩票、甲冑、古文書を見学。

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次に、岸剣神社から町並みを散策し、

宗祇水(室町時代の連歌の達人である飯尾宗祇がこの湧水の傍らで庵を結んで

愛用したことから「宗祇水」と呼ばれるようになった。)、

郡上踊りが催される古い町並み職人町、鍛冶屋町などを散策する。

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【東氏館跡庭園】

発掘調査で、膨大な出土品のほか見事な庭園遺構を掘り当てました。

中島を配した優雅な池泉部は風情に優れ、

貴重な中世武将庭園としての学術的価値も認められて、国の名勝に指定された。

歌碑や庭園を散策する。

また、篠脇城登山口などで説明を受ける。

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続いて本日最後の見学地「承久の乱合戦供養塔」に向かう。

約60分で、目的地に到着

【承久の乱合戦供養塔】

承久の乱「摩免戸の戦い」(鎌倉、京都両軍の戦没者の供養塔。

木曽川の氾濫により寺は流され供養塔(五輪塔郡)も埋もれたままになっていたが

昭和初期に発掘され、現在の場所に移転安置される。

供養祭の前日で準備されている方から説明を受ける。

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19:00 多治見市内宿泊地到着 2日目終了

 

2011年6月13日 (月)

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ【1日目】

6月3日(金)~5日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

11回目の今回は、「飛騨から美濃へ」。

5月28日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、1日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ~日本を縦断する旅~

H23.6.3(金)~6.5(日)

6/3(金)晴  第1日目

 白川郷合掌集落~飛騨一宮水無神社~臥龍桜、大幢寺

JR松本駅集合 10:45  集合時間前に、コース以外の「松本城」を散歩

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予定時刻11:00に松本駅を出発、一路目的地「白川郷合掌集落」へ向う。

 

途中平湯温泉レストランにて各自で昼食をとる。

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国道158号線経由、東海北陸自動車道飛騨トンネル(日本国内3位の長い)を通り、

白川郷合掌集落へ向う。

【白川郷合掌集落】

松本駅より2時間30分で第1目的地に到着

白川郷合掌集落駐車場より、「であい橋」を渡り集落へ。

集落入口で、パンフレットにより、散策ルート説明を講師より受ける。

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国重要文化財の「和田家住宅」へ向う。

途中、合掌造の茅葺屋根と田園風景を見ながら散策

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第1見学地、和田家住宅到着、家内の居間、囲炉裏、養蚕や古民具を見学

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続いて集落を散策し、第2見学地、「浄土真宗明善寺」は残念ながら閉館 外観を見学

(明善寺全景)      *(寄棟造の鐘楼門)

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    *(庫裏)       (入母屋の本堂)
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*印は県重要文化財

次に第3見学地、「白川八幡神社」へ

白川八幡神社では、かつては上白川郷と下白川郷、計41ヶ村の産土神とされ、

「どぶろく祭り」(10月14・15日)の祭礼が行なわれる。

祭りは、五色旗を連ねた「御神幸」の行列が笛や太鼓の音を響かせながら、

地区内を練り歩きます。

そして、御神幸が終わる午後3時過ぎ、神社境内において、獅子舞の奉納の後、

この年に仕込まれた「どぶろく」が奉納される。

その後、参加者に「どぶろく」が振舞われる。

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第2目的地へバスの旅

車中、講師より目的地歴史的背景と云われ等の講義を受ける。約60分で、目的地に到着

【臥龍桜、大幢寺】

飛騨一ノ宮駅(無人駅)ホームから、臥龍桜(幹枝の形が龍の臥した姿に似ていることから

名づけられた国指定天然記念物で樹齢1100年の大樹)。

時期がずれているので、枝振りで満開時を想像する。

また、大幢寺開基の三木三沢は天正13年の金森氏との戦いで敗れ、寺も焼失してしまった。

その後、金森長近公は本尊観音様を以前の形を模して造らせ、

現在の本尊(十一面観音菩薩)と言われている。

總持寺と同じ曹洞宗であったので、ツアーの内容を説明し快く本尊を見せていただく。

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第3目的地へ約5分で移動

【飛騨一宮水無神社】

飛騨一宮水無神社見学

水無神社は飛騨国の一宮(地域の中で最も社格の高い神社)としてその歴史は古く、

すでに延喜式に記されています。

古来より飛騨人の心の拠り所として、今に残る様々な歴史遺産を語り継いでいます。

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    (本殿)       (絵馬殿)
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また、島崎藤村の父で『夜明け前』の主人公・青山半蔵のモデルとなった

島崎正樹が宮司を務めていた。

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  このふけふ
  しぐれにの雨と   
   もみぢ葉と
  あられひふれる
    山もとの里 
          正樹

18:00 高山市内宿泊地到着 1日目終了

 

2011年6月 6日 (月)

B-16 はじめからの鎌倉 フィールドワーク3

6月5日(日)は、B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く の

フィールドワーク3 谷戸と切通しを歩く の開催日でした。

B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

5月29日に予定していたフィールドワーク3 谷戸と切通しを歩く でしたが、

台風2号typhoonのため、6月5日に延期されました。

1週間待ったかいがあり、快晴sunです。

鎌倉駅西口に集合して、出発。

まずは佐助稲荷神社・銭洗弁天を目指します。

途中、安達泰盛館や甘縄についての解説。

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【佐助稲荷神社】

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神様が、伊豆にいた源頼朝の夢に現れ、挙兵を勧めたので、

殿(頼朝)をけたとして、佐助稲荷となったという由来と、

他の説では、三つの介(国司の守に次ぐ次官)の屋敷があったため、

「三介」が、「佐助」になったという説もあるそうです。

 

【銭洗弁天】

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佐助稲荷側の参道を通って銭洗弁天へ。

トンネルの参道は新しいものだそうです。

ここから先は、お手洗いもないのでここで少し休憩。

 

【長谷大谷戸】

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戻って市役所通りから、トンネルをくぐって長谷大谷戸。

さらにトンネルをくぐって・・・

 

【北条氏常盤亭跡】

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今は何もない草むらですが、北条政村邸があった場所です。

さらに道を進むと北条義政邸跡があります。

かつて「東坂」、「中坂」と呼ばれる鎌倉へ通ずるルートがあり、

東坂は政村邸に、中坂は義政邸へ続く道だったそうです。 

 

【大仏切通】

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今まで通行止めで通れなかったのですが、この4月から通れるようになった、

大仏切通を歩きます。

まずは、大仏切通にある石切場。

 

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ところどころ、ぬかるみがあり滑りやすい道です。

当時も厳しい道だったらしく、

この切通を通って物資が運ばれると、値上がりするぐらい大変な道だったようです。

台風typhoonの先週だったら、滑って怪我する私がいたに違いないです。

 

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当時はここから、大仏殿が見えたことでしょう。

途中、イチゴdeliciousを見つけました。

 

【鎌倉大仏】

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いったんここで昼食のため解散。

昼食後は、大仏前に集合して、

大仏の謎について、大仏の鋳型、根固め遺構、大仏殿礎石、

明応7年の地震・津波、関東大震災の地震・津波など、

10年前に先生が行った発掘調査の結果からわかったことなど解説いただきました。

 

朝の快晴sunはどこへやら。

いつの間にか空は曇り空cloud、風は湿り気を帯び、冷たい風に。

おかげで暑すぎることもなく、快適なフィールドワークに。

でも、雨sprinkleが降る前に解散です。

 

次回は6月12日(日)フィールドワーク4 やぐら探訪 です。

今回よりもハードで、さらにお天気が気になります。

前日から晴れてくれないと道footが・・・。

晴れますようにsun

 

2011年5月26日 (木)

B-16 はじめからの鎌倉 フィールドワーク2

5月22日(日)は、B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く の

フィールドワーク2 寺々散策 の開催日でした。

B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

鎌倉駅西口旧駅舎時計台前集合。

晴れていて、日差しが強いです。

これで夕方から雨予報なんてちょっと信じられないかんじ…。

10時ぴったりに出発。

時計台前にいらっしゃったボランティアの方に

「春の鎌倉 花めぐり」のチラシを人数分いただきました。

ありがとうございます。

 

先週も通った六地蔵前を通り、途中和田塚へ。

ここは予定には入ってなかったんですが、「横を通るので」と先生が説明してくださいました。

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海沿いから浜の大鳥居へ。

今回は、八幡宮をきちんと一の鳥居から見て行きましょうという主旨です。

ここでは、浜の大鳥居と一の鳥居は時代が違うだけで、同じものを指すと説明。

五輪塔とかの説明も。

一の鳥居跡は、発掘調査で160cmの柱根が出てきたそうです。

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途中、湘南信用金庫前の交差点が、

資料に載せている写真に写っているイギリス人が殺されたところだそうです。

この写真を撮った何時間後に、殺されたそうです。

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壇葛を通って、神社内へ。

毎年流鏑馬が行われるところで弓矢で戦った場合に

どうすれば歩兵は生き残る確率が高くなるか、など面白い話をしていただきました。

そのまま外へ出て、二十五坊へ。

ここは古都保存法のきっかけとなった場所だそうです。

続いて、今宮。

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八幡宮に戻って、丸山稲荷、宇佐神宮遥拝所。

本宮(上宮)を参拝してお昼休憩。

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午後は大銀杏前に集合。

この日は大安だからか、ここまでで4組の結婚式をみました。

 

八幡宮寺があった場所に行って、

静御前が頼朝・政子の前で「しづやしづ…」と舞ったのはこのへんのはず…と説明。

由比若宮遥拝所(ここは、先週行った元八幡の方角を向いているとのこと)、

白旗神社、白旗神社手水舎(手水の下の石は、八幡宮寺の礎石を

使っているんだとか…?たぶん)をみて、八幡宮をあとにし、勝長寿院跡へ。

住宅街の中にあって、今では当時を偲ぶようなものは残っていません。

石碑だけですが、頼朝が父義朝の供養のために、真っ先に造ったお寺だそうです。

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そのあと歩いて永福寺跡へ。

まず、発掘で出てきて、復元に使えそうな石が保管してある場所へ。

続いて、永福寺の池があった場所へ行き、説明。

ここは今は原っぱになっていますが、

今年度整備し、来年度には一般に公開できるようにする計画だとのこと。

この原っぱの風景はもう見られなくなってしまうんですね…。

ただ、上物は建てず、池だったところも全部は復元せず、

一部は広場にしていく計画だとのこと。

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このあとは、雲行きも怪しくなってきたので、八幡宮へ戻って解散。

解散後、10分もしないうちに雨が降り出していました。

今回もなんとか雨のフィールドワークは免れたのでよかったです。

 

来週も今日のような調子で、雨の隙間を縫ってフィールドワークできるといいですね。

 

2011年5月17日 (火)

B-16 はじめからの鎌倉 フィールドワーク1

5月15日(日)は、B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く の

フィールドワーク1 頼朝の足跡をたどる の開催日でした。

B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

快晴! 長谷駅に集合。

みなさん、帽子や長袖、飲み物など暑さ対策をされています。

まずは、長谷駅から歩いてすぐの、御霊神社(権五郎神社)へ向かいました。

先生より神社の名前の由来などの説明がありました。

木陰は風が通って、涼しかったです。

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その後海沿いへ。

海はサーファーでいっぱい。気持ち良さそうです。

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先生より、北条政子が鎌倉へ入る時、

「日が悪いから」と鎌倉入りを1日遅らせたそうです。

その時に稲瀬川の西側で1泊したそうで、

当時の「鎌倉」は現在の感覚より狭い範囲を指していたのではないか、

という説明が先生よりありました。

その「稲瀬川」を政子の気分になって、みなさん鎌倉入り。

説明されていなければ、そのままとおりすぎてしまいそうな小さな川でした。

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当時の鎌倉の道を辿り、六地蔵前を通って若宮大路へ。

鳥居跡のモニュメントを見ながら、

「詳しい説明は来週」と言いつつ軽く説明してくださいました。

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元八幡へ行き、説明されなければ見過ごしそうな「薬師堂」を確認した後、妙本寺へ。

境内でお昼休憩。

駅から近いのに、とても閑静です。

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妙本寺から蛇苦止堂、宇都宮稲荷へ。

ここで幕府の場所などの説明を聞いた後、

実際に大倉幕府跡のヘリと思しき場所を歩いて、碑を見学。

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碑から少し歩くと荏柄天神社。

幕府が建てられる前からあった神社なので、

幕府の区割りの影響を受けなかったんだとか。

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法華堂へあがり、頼朝・義時の供養墓、義時法華堂跡を

発掘したときの様子などの説明を先生よりしていただく。

一日しっかり歩いていたので、ここまで来てからの山道・階段でみなさん大変そうです。

その後、八幡宮境内まで歩いて解散でした。

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来週は頼朝ゆかりの寺社を徹底的にまわるそうです。来週も晴れるといいですね!

 

2011年4月26日 (火)

日帰り美術鑑賞スタディ・ツアー 神奈川の仏像VI

4月24日(日)は、B-18 日帰り美術観照スタディ・ツアー 

神奈川の仏像VI ~三浦半島に仏像を訪ねて~の開催日でした。

この講座は、前日に事前講義を行い、

実際に自分の目で仏像を見学(フィールドワーク)する講座です。

講師は本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生です。

『神奈川の仏像』6回目となる今回は、三浦半島の仏像を見学します。

パンフレット内容はこちら

 

今年度、最初のフィールドワークです。

事前講義の土曜日は荒天でしたが、日曜日は雲一つない快晴でした。

数日前の予報では日曜日も雨で心配していましたが、晴れてよかったです。

今後のフィールドワークを占う意味でも素晴らしいスタートを切れたと思います。

 

逗子駅に集合し、バスで浄楽寺へ。

車窓からは富士山もくっきりと見えました。

さて、浄楽寺では県内唯一の運慶作の諸仏を拝観しました。

受講者の皆さんは、阿弥陀如来坐像、観音菩薩立像、

勢至菩薩立像、不動明王立像、毘沙門天立像を間近に見ながら、

じっくりと工藤先生の講義に耳を傾けていました。

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次の目的地、満昌寺へバスで移動。

満昌寺へ向かう途中、磨崖仏(レプリカ)を見学。

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満昌寺では、三浦義明坐像と五輪塔を拝観しました。

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拝観後、境内地で昼食を取って休憩した後、満願寺へ徒歩で移動。

距離があり登り下りもあるので、

ゆっくりとしたペースで歩いたのですが、予定より早く到着しました。

満願寺では、慶派仏師の作による観音菩薩像と地蔵菩薩像、

毘沙門天像、不動明王像を拝観しました。

ふっくらと張った頬や慶派の特徴である耳の形、ボリューム感のある体など、

今回の目的である運慶諸仏を見る講座に皆さんは満足されたようでした。

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また、当日は、十二年に一度の「三浦三十八地蔵尊卯年御開帳」の初日に当たり、

各ご寺院の境内は賑わっていました。

お地蔵さんの手に結ばれた五色の紐が回向柱に伸び、

柱に触るとお地蔵さんの手に直接触れたのと同じ功徳が得られるのだそうです。

 

天候にも恵まれ、無事終えることが出来ました。

皆さん、工藤先生、お疲れ様でした。

 

2010年11月20日 (土)

横浜はじめて物語 中華街

11月11日はB-23 横浜はじめて物語のフィールドワーク2「中華街」でした。

この講座は、『横浜』を講義で学び、フィールドワークで実感する講座です。

講師は、横浜ボランティアガイド協議会会長の嶋田昌子先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

10時に石川町駅中華街口(北口)に集合してはじまりました。

天気に恵まれ晴天になり、絶好のフィールドワーク日和のスタートとなりました。 

早速、駅近くの横浜製鉄所跡に立ち寄り、西陽門をぬけ延平門を目指しました。

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延平門をぬけ中華街に入るとすぐに、花園橋の親柱が残っています。

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これから南に向かい、地九門をぬけ関帝廟通りに入り、

横濱中山學會、日本における新聞発祥の地を通り横浜中華街関帝廟に向かいました。

4枚目の画像は、向かいの飲食店に映った横浜中華街関帝廟です。

色彩豊かな作りが良くわかります。ちょっとしたビューポイントです。

横浜中華街関帝廟に行かれる際は、是非見てみてください。

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横浜中華街関帝廟の後は、関帝廟通りから香港路に入りさらに細い小路に入り、

中山路をぬけ、中華街大通りに出て、昔の建物のままで営業されている安楽園を

眺め東南に向かい再度香港路に入り、またまた細い小路に入り、市場通り、

関帝廟通りに出て山下町公園に向かいました。

ちなみに安楽園近くの萬珍楼本店には、周ピアノが2台大切に保管・展示されています。

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山下町公園には會芳亭があり、休憩がてら座って皆で先生の解説をお聞きしました。

ちなみに山下町公園は後で伺う、横浜媽祖廟の裏手になります。

山下町公園からはまた細い小路に入り南の朱雀門を目指しました。

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朱雀門から中華街を元町側に出て、川沿いに山下公園に少し歩いたあたりに、

昔周ピアノがあったそうです。

再び朱雀門から中華街に戻り、南門シルクロード沿いの横濱媽祖廟に向かいました。

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横濱媽祖廟の後は蘇州小路にから横浜天主堂跡を見学し、

再び蘇州小路から小路に入り朝陽門方面を目指しました。

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次は中華街パーキングをぬけ、

旧横浜居住地九十一番地塀、大砲の由来などを見学しました。

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ここまででずいぶん歩いたのですが、せっかく中華街に来たので足を伸ばして、

煉瓦造下水道管、国内最古のガス管、明治期のガス灯、

旧居留地消防隊地下貯水槽遺構も見学しました。

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最後に石積の遺構の前を通り善隣門に向かい中華街大通りで解散しました。

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2時間の予定でしたが、実際は3時間近く東西南北、縦横無尽に歩きまわりました。

気をつけていないとつい見落としてしまうようなところも沢山あり、

盛りだくさんのフィールドワークでした。

講師の嶋田先生、受講生の皆さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

 

【TV出演情報】

講師の嶋田昌子先生がNHK教育の「鑑賞マニュアル 美の壺」にご出演されました。

11月19日放送の 「横浜スペシャル 前編」 に。。。

そうなんです・・・、過ぎてしまいました。ごめんなさい。

でも、まだ再放送ありますので、よければそちらでご覧ください。

 NHK教育 11月21日(日) 24:15~24:40 「横浜スペシャル」(前編)

 NHK総合 11月27日(土) 5:15~5:40 「横浜スペシャル」(前編)

 NHK BShi 11月27日(土) 7:00~7:25 「横浜スペシャル」(前編)

 

2010年11月 9日 (火)

日帰り美術鑑賞スタディ・ツアー 神奈川の仏像V

11月7日(日)は、

B-21 日帰り美術鑑賞スタディ・ツアー 神奈川の仏像V~川崎に仏像を訪ねて~ の

フィールドワーク開催日でした。

この講座は本学文学部・短期大学部講師である工藤健一先生に担当いただいています。

前日に事前講義を行い、実際に自分の目で仏像を見学(フィールドワーク)する講座です。

『神奈川の仏像』は今回で5回目、川崎の仏像を見学します。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

武蔵小杉駅北口に13:00集合。

5分前に全員そろい、13:05発のバスで影向寺(ようごうじ 天台宗)へ出発。

影向寺バス停で下車し、その後坂道を10分程歩くと到着です。

上り坂が少しきついのですが、先生いわく、

「古刹は山や丘の上にあることがおおい。立地も含めて見学してください」とのことです。

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ご住職自らご用意いただいた資料をいただきました。ありがとうございます。

 

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安置堂で説明を受ける受講生たち。中はもちろん撮影禁止です。

通常は年間数回しか一般公開されないものですが、特別拝観をさせていただきました。

残念ながら「木造十二神将立像」は、現在鎌倉国宝館に出向してしまっていて、

拝観することは出来ませんでした。

(鎌倉国宝館に行けば見ることができます。11月23日までです。)

 

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境内にある乳イチョウ。

本当に大きなイチョウですが、まだまだ青々としていて全く色づいていません。

ご住職のお話では、このオオイチョウの紅葉は毎年遅く、11月末~12月頃だそうです。

 

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影向石。寺のいわれとなった霊石。

門をくぐって右手側にあります。

奈良朝に寺が創建された時にはここには塔が作られ、

その心礎として使用され、仏舎利が収められたそうです。

 

またバスに乗って、中原駅へ。

そこから歩いて10分程度で次の泉澤寺(浄土宗)へ。

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残念ながらご住職は不在でしたが、お寺のパンフレットを頂きました。

 S2  S3 

本堂の中では、本尊や将軍徳川綱吉供養のために造られた四天王像を、

須弥壇の間近で見せていただきました。

 

以上で解散しました。

解散は17:00頃になる予定でしたが、本日はバスの移動がスムーズにいったこと、

また受講者の方々の5分前行動のかいがありまして、

16:00すぎには全行程を終了することが出来ました。

 

2010年11月 1日 (月)

文化財スタディ・ツアー(10) 倭寇と隠れキリシタンの島々~長崎・五島列島~

10月29日(金)~31日(日)は、

B-18 文化財スタディ・ツアー(10) 倭寇と隠れキリシタンの島々~長崎・五島列島~ の

開催日でした。

この講座は日本大学教授の関幸彦先生に担当いただいています。

10月23日に事前講義を行い、実際に現地に足を運び、

先生の解説を聞きながら、自分の目で文化財を見る講座です。

文化財スタディ・ツアーも10回目、今回は長崎・五島列島を訪ねます。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

先生は「雨男」として有名ですが、今回は「嵐を呼ぶ男」。

台風の影響で長崎行きの飛行機は揺れ、五島へ渡る予定ジェットフォイルは欠航。

急遽、予定を変更し、崇福寺、出島を見学。

崇福寺 出島

フェリーは運行していたので、フェリーで五島列島の福江港へ。

台風の影響で波が高く、フェリー出港は50分遅れ。

長崎港を17:40に出港。福江港到着は21:15

3時間半で着くところを4時間半。当然かなり揺れました。

フェリーで福江港へ 翌朝撮ったフェリー

 

2日目は昨日の分を取り返すために、8時に集合・出発。

魚津ヶ崎公園、車窓から水之浦教会、柏崎公園(辞本涯)、

魚籃観音から高浜海水浴場をのぞみ、大瀬崎断崖(映画「悪人」のロケ地だそうです)へ。

魚津ヶ崎公園 柏崎公園(辞本涯)

高浜海水浴場 大瀬崎断崖

井持浦教会(ルルド)、昼食を椿茶屋でとって、

明星院、車窓から武家屋敷通り、石田城(福江城)跡を見て、

六角井、明人堂、堂崎教会を見学。

ジェットフォイルで長崎へ。今度は1時間半の快適な船旅。

井持浦教会(ルルド) 明星院(天井絵がきれいでした)

車窓から武家屋敷通り 石田城(福江城)跡

六角井 明人堂

堂崎教会 ジェットフォイル

 

3日目は、8:30に出発。まずは日本二十六聖人殉教地。

日本二十六聖人殉教地

風頭公園を通り、上野彦馬の墓や坂本龍馬像を見て、龍馬通りを通って、

亀山社中跡(長崎市亀山社中記念館)、そして興福寺へ。

亀山社中跡 長崎市亀山社中記念館

龍馬通り 興福寺

その後、大浦天主堂・グラバー園を見学して、昼食。

大浦天主堂 グラバー園

グラバー園内のハートストーン。見つけて触れると意中の人と両想いになれるとか・・・

15:50発の飛行機に乗り、羽田へ。

台風等の影響で、長時間の揺れるフェリーや見学地の変更等がありましたが、

受講者の方々や先生、毎日新聞旅行さんのおかげで、

なんとか無事にツアーを終えられました。ありがとうございました。

また、次回、平成23年度第1クールでも

ご満足いただけるツアーを計画いたしますので、ご期待ください。

 

2010年10月26日 (火)

鎌倉の「遊び」と「鍛錬」 フィールドワークIII 谷戸・道・浜

10/24(日)は、

B-19 鎌倉の「遊び」と「鍛錬」 のフィールドワーク3 谷戸・道・浜 の開催日でした。

「鎌倉」講座は、本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、掘り出された物から、古都の実際を描き出し、

さらに現地で実感する、オムニバス形式の講座です

3回目のフィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

今回のフィールドワークは、

鎌倉駅~寿福寺~海蔵寺~化粧坂~源氏山~日野俊基墓~

梶原景時邸跡~梶原口~常盤口~中坂~鎌倉大仏に至る約6㎞のコースです。

 

Img_4707 さて、10時にいつもの鎌倉駅西口の旧駅舎時計台前に集合。

(なんと時計が調整中でした)

天候は曇り。(前日の予報では晴れだったのですが…?

でも、歩くにはちょうど良い天気だと気を取り直して出発)

まず、鎌倉市役所前の交差点で地名などの説明を受けてから、

栄西禅師が開いた寿福寺(臨済宗建長寺派)へ。

谷戸の奥にある北条政子・源実朝の五輪塔(供養塔)を見学し、

続いて、海蔵寺(臨済宗建長寺派)へ。

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十六ノ井(やぐらの底面に16の穴があり水をたたえている)や底抜けの井を見学。

鎌倉10名水などといわれていますが、

鎌倉は水が悪く、数えるほどしか良い水がないとういうことの裏返しだそうです。

またやぐらの中の横穴は納骨用の穴だったそうです。

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次に、今回の一番の難所?化粧坂(急な上り坂で、途中、

水が染み出し足元がすべる箇所も)を登り、源氏山へ。

正午には少し早かったのですが、昼食を取り休憩。

上空にはえさ(弁当など)を狙う、鳶や烏も旋回。

ここで十分休憩を取った後、午後のコースへ出発。

 

午後の最初は日野俊基墓を見学。宝篋印塔の実物を模式図を対照しながら見学。

続いて、梶原屋敷跡を過ぎ、梶原口・常盤口・中坂を通り、鎌倉大仏(高徳院)へ。

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鎌倉大仏は、金銅製・像高11.39m、東大寺大仏に次ぐ、国内第2の大仏です。

しかし、誰が何故造ったのか。いつ完成したのか?などはっきりしないこともあるようです。

また、現存の大仏の前に、木造大仏があったようです。

さらに、斜面堆積や根固め遺構、大仏殿の礎石などの調査から、

大仏殿の規模などが判りました。

境内には、与謝野晶子が大仏について詠んだ歌碑もあります。

Img_4751 Img_4754  

そこで、大仏殿の礎石探しゲームを先生の発案で、

受講者の皆さんにやっていただきました。制限時間は20分、さあ、スタートです。

ベンチだと思っていた石が礎石であったり、庭石として立てられていたり、

燈籠や石碑の台座に形を変えたものもありましたが、40数個が確認できました。

最後に礎石の場所を記した用紙を配布して答え合わせ。

皆さん、結果はいかがでしたか?

 

ゲームも終了し、15時に解散し、無事終了しました。

先生、皆さん、大変お疲れ様でした。ご協力有難うございました。

 

2010年10月21日 (木)

横浜はじめて物語 山手の小道

10月21日はB-23 横浜はじめて物語のフィールドワークでした。

この講座は、『横浜』を講義で学び、フィールドワークで実感する講座です。

講師は、横浜ボランティアガイド協議会会長の嶋田昌子先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

10時に石川町駅元町口に集合してはじまりました。

あいにくの空模様で、しとしとと雨が降り続く中のスタートとなりました。

 雨のフィールドワーク

まず向かったのは山手イタリア山の『ブラフ18番館』。

関東大震災や空襲によって多くの西洋館を失い、この建物も震災後の建造物ですが、

当時の面影を残しており横浜市認定歴史建造物に指定されています。

 ブラフ18番館

建物内にある古地図を見ながら、

当時の解説や認定歴史建造物に指定するための裏話など聞かせていただきました。

 ブラフ18番館・古地図

ちなみに山手の丘には「ブラフ積」と呼ばれる石垣をいたるところで見ることができます。

切りたった崖を「ブラフ」と呼んでいたことから「ブラフ積」と呼ばれたそうです。

 ブラフ積  外交官の家

『ブラフ18番館』と、隣接する『外交官の家』の概観の解説をうけた後、

『横浜山手テニス発祥の地』へ向かいました。

ここにはイギリス人がインド・カルカッタから種子を輸入して、

植えたといわれるヒマラヤ杉があります。

この杉は横浜市の名木古木に指定されていて一見の価値があります。

 横浜山手テニス発祥の地  ヒマラヤ杉

ここから小道を通って、山手にある学校の脇を通りながら、

普段では見ることが出来ない西洋館など紹介いただきました。
(住人の方がいるので写真はありません)

 公園坂

途中諏訪神社やヘボン博士の居住地を通り近代文学館に到着、

今日はここで解散となりました。

 諏訪神社  ヘボン博士

道すがら、先生が出演されるテレビ番組の裏話など伺いながら散策し、

2時間強の行程でしたが盛りだくさんのフィールドワークでした。

(先生出演の番組は、後日このブログで案内する予定)

講師の嶋田先生、受講生の皆さん、雨の中本当にお疲れ様でした。

 

2010年10月12日 (火)

日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像1

10/10(日)は、

B-22 日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像1の開催日でした。

講師は本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生です。

この講座は、前日に事前講義を行い、

実際に自分の目で仏像を見学(フィールドワーク)する講座です。

『東京の仏像』1回目となる今回は、目黒の仏像を見学します。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

今回は都内目黒周辺の五百羅漢寺、瀧泉寺(目黒不動)、

蟠竜寺、大圓寺などを回る都心の仏像に出会う旅でした。

天気は、大方の予報の雨を講師の工藤先生と引率の職員、

2人の晴れ男のパワーで吹き飛ばし、曇りにし暑くもなく寒くもなく

絶好のフィールドワーク日和になりました。

 

10時30分に東急目黒線不動前駅改札前に集合し、

商店街を抜け五百羅漢寺に向かいました。

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商店街を抜け、蛸薬師(成就院)を左手に見ながら右に曲がると

最初の目的地の五百羅漢寺が見えてきます。

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五百羅漢寺は、元禄年間に製作された釈迦三尊及び羅漢像(本堂)と

羅漢群像(羅漢堂)が安置されており、見る者を圧倒します。

当日は、らかんさんまつりが行われていて、たくさんの方が来られて盛り上がっていました。

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次に五百羅漢寺の脇から、江戸城の裏鬼門封じの霊場として

名高い瀧泉寺(目黒不動)に向かい、三門の前で昼食のため一旦解散しました。

昼食後、蟠竜寺に向かうため瀧泉寺を登り左手奥を進み

裏手の銅造大日如来坐像の前を通り丘越え?をしました。

銅造大日如来坐像の腰のあたりに修復の後があります。

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武蔵野丘陵の端?を下ると、次の目的地の蟠竜寺の近くに出てきます。

蟠竜寺には、平安末から鎌倉期にまで遡ると考えられる阿弥陀如来像が所蔵されており、

木造弁財天や石像弁財天も所蔵されております。

和尚様には、お忙しい中お時間を作っていただき拝観させていただいたうえ、

いろいろとおもしろいお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。

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最後の目的地の大圓寺には、行人坂の勾配が厳しいため

あえて目黒新橋?の方から遠回りをして向かいました。

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大圓寺は清涼寺式釈迦像の摸刻像としては国内最古と考えられる

鎌倉時代の釈迦如来立像や平安時代にまで遡る十一面観音立像、

ご本尊の来迎阿弥陀三尊像など数多くの仏像が所蔵されており仏教美術の宝庫です。

境内には、釈迦三尊像と石仏五百羅漢像もありました。

特に十一面観音立像の美しさには、心を奪われるようでした。

また、和尚様に隅から隅までご解説いただいたうえ、

雅叙園と関わる非常におもしろいお話もお聞かせいただきました。

和尚様、長い時間ご解説等本当にありがとうございました。

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今回のフィールドワークは、ここで解散。

解散する頃には、曇りどころか青空もでてきて汗ばむくらいでした。

少し予定時刻より遅くなりましたが、無事終了しました。

先生、受講者の皆さん、和尚様、大変お疲れ様でした。

ご協力有難うございました。

 

2010年10月 5日 (火)

鎌倉の「遊び」と「鍛錬」 フィールドワークII 禅宗寺院と庭園

10月3日(日)は、B-19 鎌倉の「遊び」と「鍛錬」 

フィールドワークII 禅宗寺院と庭園の開催日でした。

「鎌倉」講座は、本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、掘り出された物から、古都の実際を描き出し、

さらに現地で実感する、オムニバス形式の講座です。

2回目のフィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

今回のフィールドワークは、中世都市「鎌倉」の禅宗寺院「瑞泉寺」、「建長寺」の庭園探索と、

埋蔵文化財発掘調査場所や百八やぐらなどを回るコースです。

天気は、絶好のフィールドワーク日和となりました。

 

10時に鎌倉駅西口(旧駅舎時計台前)に集合し、

若宮大路を通り、鶴岡八幡宮を通り「瑞泉寺」に向う。

途中、埋蔵文化財発掘調査現場を見学、予定であれば、

発掘状況が見学できるはずでしたが、天気予報では雨になるので、

早めに埋めなおしているとのことでした。ただ一部が見ることが出来ました。

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今日は、鶴岡八幡宮「流鏑馬」神事の日。準備の様子を見ながら進む。

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第一目的地「瑞泉寺」(臨済宗円覚寺派)に到着。

開山は夢窓疎石で、夢窓疎石が修行の場・悟りの場として、

自然の景観を重視したとわかる庭園がある。庭園の橋を十八曲たどると山頂に至る。

頂上の徧界一覧亭からは富士山、相模湾などが望める。

福田先生調査の際に登る。一般の方は入れない。

(庭園は国指定史跡の名勝)

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花の季節は過ぎたが、玉紫陽花が咲いていた。

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次の目的地「建長寺」に向う。

途中、永福寺跡を探索。

ハイキングコースに入り、覚園寺裏山の百八やぐら(非公開)を探索。

中世の面影が伝わる。福田先生指導の下探索。足元注意!!

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昼食は、十王岩にて。鎌倉市内(若宮大路、由比ガ浜や穏やかな相模湾が一望)や、

ランドマークタワーが一望できる。

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昼食後、建長寺「半僧坊」で経て、「方丈」裏手の禅宗庭園に向う。

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建長寺は、開山蘭渓道隆(中国の僧)で、

北条時頼によって創建された、わが国最初の禅道場。

蘭渓道隆が日本で始めて作った禅宗庭園を見学、瑞泉寺庭園との違いを体感する。

創建750年を記念して「紫雲閣」を建てる時の発掘調査で何回も改修され、

現在の形にたったことが明らかになった。

その発掘に係わったのが、鶴見大学文化財学科で、

池の中から出土した呪符と漆器椀などの説明を受ける。

(展示された場所が立入禁止、建長寺のご好意で見学できる。)

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柏槙(樹齢750年、蘭渓道隆が自ら植えたとされる。)や、国宝の梵鐘を散策。

建長寺を後にし、鶴岡八幡宮で解散。

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2010年9月27日 (月)

鎌倉の「遊び」と「鍛錬」 フィールドワークⅠ 鎌倉から三浦へ

9/26(日)は、B-19 鎌倉の「遊び」と「鍛錬」 

フィールドワークⅠ 鎌倉から三浦へ の開催日でした。

「鎌倉」講座は、本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、掘り出された物から、古都の実際を描き出し、

さらに現地で実感する、オムニバス形式の講座です。

1回目のフィールドワークは、本学文学部教授の伊藤正義先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

今回のフィールドワークは、三浦です。

三浦は、鎌倉時代、頼朝の山荘(桜の御所、椿の御所、

桃の御所と称されている)がおかれたところです。

昨日の台風も通り過ぎ、今日は晴天です。でも、また暑くなりそうです。

 

10時に三崎口駅前に集合し、バスで三崎東岡へ移動。

最初に訪れたのは、三崎城跡です。

三崎中学校や三浦市役所周辺ですが、土塁も残っています。

「三崎城は、新井城の出城といわれていますが、

本当は三崎城が本城です。」とは、先生の談。

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城跡から坂道を下り、北条湾へ。

北条湾は、入海でしかも深く、真水の流入も少なく木造船の船底を傷めにくいので、

港としては最良だそうです。(岸壁近くに大きな鱸の魚影も見えました。)

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続いて、曹洞宗本瑞寺(桜の御所があった場所)へ。

残念ながら、法要中のため、本堂内は拝観できませんでした。

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次に隣接する浄土宗光念寺(和田義盛開基のお寺)へ。

本堂は新築されたばかりでしたが、移築された江戸時代の天井の雲龍図は見事でした。

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続いて、地元の方に伺いながら、路地を通り海南神社へ。

海南神社は、三浦大介が挙兵参戦を「鶴合わせ」で占ったとの言い伝えがありますが、

「鶴ではなく、軍鶏のはずです」とは先生の談。

また、樹齢8百年を超える大銀杏も迫力がありました。

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最後に臨済宗見桃寺(桃の御所があった場所)へ。

想像とはだいぶ様子が・・・

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再度、港に出て、湘南ボーイである頼朝などが

眺めたであろう景色を楽しみ?ました。

厚い雲の向こうに雄大な富士山が見えるはず・・・

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ここで解散。

でも、皆さんでバス停近くにある『うらり』という産直センターに立ち寄り、土産物を購入。

少し予定時刻より早かったのですが、無事終了しました。

先生、受講者の皆さん、大変、お疲れ様でした。ご協力有難うございました。

 

2010年7月12日 (月)

總持寺境内の墓石・顕彰碑 フィールドワーク

【鶴見大学】生涯学習ブログでは、フィールドワーク(FW)の様子をお伝えしています。

 

7月12日(月)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-16 總持寺境内の墓石・顕彰碑 總持寺に眠る著名人たちを訪ねて の

フィールドワーク  總持寺境内と墓地の散策 の様子をお伝えします。

フィールドワークは実施されましたが、

raintyphoonのため、写真cameraはなし。

残念ながら、フィールドワークの様子をお伝えできませんweep

平成22年度第1クールの最後のフィールドワークだったのに・・・crying

次回、平成22年度第2クールをご期待くださいshine

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2010年7月 7日 (水)

横浜はじめて物語 フィールドワーク2

【鶴見大学】生涯学習ブログでは、フィールドワーク(FW)の様子をお伝えしています。

 

7月1日(木)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-21 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 フィールドワーク2 海岸通り の様子をお伝えします。

 

梅雨の真っ只中、前日まで雨、九州地方は豪雨の中、フィールドワークの開催となりました。

1週間前の予報は雨でしたが、引率者の願いがかない晴れを呼び、

気温も30℃を超えるような勢いで、非常に湿度の高い日に1日なりました。

この日は、京急日ノ出町駅から象の鼻パークを目指しました。

 

10時京急日の出町駅に集合し、まずは日の出町駅の真裏の小高い場所に移動し、

旧吉田新田と思われる場所を望みました。

野毛の山側には、横浜市長公舎(右画像)がありました。

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日の出町駅の裏から降り、大岡川沿いに佇む、「長谷川伸」の碑を尋ねました。

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吉田新田ゆかりの地に移動しました。

大井戸(左)は、関東大震災でも枯れなかったという話が残っているそうです。

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伊勢佐木町から馬車道に向かう途中の吉田橋(日本で最初の鉄の橋?)を

渡った先に、プラントに関連する碑があります。

1番左の画像は、昔の測量の碑のようです。

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横浜公園では、最近整備された日本庭園や岩亀楼の石灯籠の説明を受けました。

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ここは、どこでしょうか?

ここは、嶋田先生が、某番組で紹介されていた場所です。

良く見ると、土地が傾斜しています。分かりますか?

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日本大通りを進むと県庁本庁舎の前あたりに3つの塔が見えるプレートがあります。

残念ながら、ジャック(左から2番目の画像)は、木が邪魔してうまく写っておりません。

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さて、日本大通りを抜け、象の鼻パークに到着しました。

1番左の画像は、転車台です。

こちらも、嶋田先生が、某番組で紹介されていた場所です。

転車台は、たくさんあったそうです。

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象の鼻パークでは、昔の埠頭のレンガが残っていました。

右の画像のレンガの色の違いが、新旧の違いのようです。

最後に古い建物をもう少し回ることになり、県立歴史博物館を経由し

横浜第二合同庁舎に周り本日のフィールドワークを終了しました。

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嶋田先生、ご参加いただいた受講生の皆様、非常に蒸し暑い中、

ご参加いただき本当にありがとうございました。

次回も頑張って、引率者が“晴れ”にします(予定)ので、是非ご参加ください。

 

次回のフィールドワークの報告は、

7月12日(月)開催の、

B-16 總持寺境内の墓石・顕彰碑 總持寺に眠る著名人たちを訪ねて の

フィールドワーク 總持寺境内の墓地の散策 をお伝えいたします。

お楽しみに。

 

2010年6月19日 (土)

横浜はじめて物語 フィールドワーク1

【鶴見大学】生涯学習ブログでは、フィールドワーク(FW)の様子をお伝えしています。

 

6月17日(木)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-21 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 フィールドワーク1 根岸 の様子をお伝えします。

 

関東地方も今週梅雨入りしましたが、今日はそんな梅雨も一休み。

抜けるような青空となり、フィールドワークには絶好の日和です。

暑さ(31℃)対策は、皆さん万全でしょうか?(水分補給はこまめに!)

10時、石川町元町口に集合。中川にかかる地蔵橋・車橋を過ぎ、打越へ。

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地蔵橋(左、地蔵菩薩)・車橋(右、車輪の欄干)石(コンクリート)の上に

灯りが横浜の橋の特徴だそうです。

 

打越の湧水でちょっと一服。(冷た~い水ですが、残念ながらそのままでは飲めません。)

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明治時代のブラフ積の(頑丈な)石垣を過ぎ、中華墓地(地蔵王廟)へ。

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続いて、旧一等馬見所(モーガン広場)、根岸森林公園を散策。

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展望台からの眺めは、ゆったり広々とした米軍施設内の建物・敷地と隣接する日本の・・・

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消防署を見て、その先の階段を下って根岸駅へ、ほぼ予定の12時40分解散。

嶋田先生、受講者の皆さん、暑~い(熱~い)中、本当にお疲れ様でした。

次回のフィールドワークも晴れるといいですね!

 

次回のフィールドワークの報告は、

7月1日(木)開催の、B-21 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 の

フィールドワーク2 海岸通り をお伝えいたします。

お楽しみに。

 

2010年6月18日 (金)

鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(4)

【鶴見大学】生涯学習ブログでは、フィールドワーク(FW)の様子をお伝えしています。

 

6月13日(日)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(4)新田義貞鎌倉攻めの様子をお伝えします。

 

この日も10:00鎌倉駅出発です。

梅雨入りの前日、大方の天気予報は、雨でしたが、しっかり晴れました。

早速、浄光明寺に向かったのですが、

ルート変更との事で源氏山を越えていくことになりました。

源氏山を越えてといっても、

銭洗弁財天宇賀福神社側から登るルートで、予想以上に厳しいルートでした。

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この坂は、新田義貞も攻めあがったのではないか?と言われる坂で

馬では絶対登れないような、非常にきつい坂でした。

源氏山からは、化粧坂(けわいざか)を下りました。

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こちらの坂も、馬では絶対登れないような、非常にきつい坂で、

坂の途中から水湧き出ており、慎重に下りました。

化粧坂からは、岩舟地蔵に立ち寄り、浄光明寺に向かいました。

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浄光明寺では、お寺の方にお寺や文化財の詳細な解説をしていただき、

参加者の皆様には、非常に喜んでいただきました。

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浄光明寺の後は、鎌倉八幡宮で昼食にしました。(がんばれ大イチョウ!)

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午後は、東勝寺跡を見学し、旧東海道跡を辿り海岸に出ました。

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海岸に向かう途中に「浜の大鳥居跡」を通過しました。

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海岸からは、成就院をめざしましたが、

紫陽花の季節で非常に人が多かったため、お立ち寄るのを断念しました。

成就院脇の極楽寺からの切通しは、今のように車が通れるようになる前は、

成就院がある高さくらいまで高かったのでは?とのことです。

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成就院の後は、極楽寺の駅で解散になりました。

ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

夏を待たずにしっかり日焼けした1日でした。

 

次回のフィールドワークの報告は、

6月17日(木)開催の、B-21 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 の

フィールドワーク1 根岸 をお伝えいたします。

お楽しみに。

 

2010年6月12日 (土)

文化財スタディ・ツアー(9) <3日目>

6月4日(金)~6月6日(日)に行われた、

B-17 文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ の様子をお伝えします。

【3日目】

最終日は朝から晴天、暑くなりそう。

藤里毘沙門堂 ~第1見学地

胆沢城築城以降の陸奥国支配進める上での守護神として、

北上川河東に造像され、平安を祈ったと考える。兜跋毘沙門天、北方鎮護の守護神

丘陵地にある愛宕神社、トチノ木材による一本造、木造兜跋毘沙門天立像(重要文化財)を

中心に、東北を代表するに足る仏像彫刻作品がずらりと保存されている。

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胆沢城跡 ~第2見学地

城柵は蝦夷支配の拠点として造営、胆沢城は、蝦夷交流の公益の場

城跡見てから、門構えが当時を窺わせる奥州市埋蔵文化調査センターを見学、学芸員の方の説明を受け、蝦夷の兵士が迎える展示会場で解説を受ける。

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鳥海柵跡 ~第3見学地

本丸、二の丸、三の丸などがあった。現在、本丸跡は田んぼ。

本丸と二の丸の間に濠が残る。広く深い。

前九年の役で、父安倍頼時が没した柵

花の咲く水路沿いの道や、水田の脇を通って柵跡、

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午前の見学が終わり盛岡市内へ、南部鉄器工房「岩鋳」で南部鉄瓶作りを見学し昼食

胃に優しい「ひっつみ定食」

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安倍館遺跡・厨川柵跡 ~第4見学地

北上盆地の覇者安倍氏が滅亡した厨川柵跡、

安倍貞任をはじめ一族の勇戦の哀史は今も多くの言伝えとして残っている。

国道4号線沿いの安倍館遺跡と堀跡を見学、

現在は遺跡後に厨川八幡神社、保育園、民家が建っている。

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安倍館遺跡見学後厨川柵跡へ、北上川と雫石川と合流する

丁字型台地上の一角に位置し、西側に堀の跡が水路となって見える。

子どもの頃の、風景や発掘調査や寺院が位置する由来を、ご住職に語ってい頂いた。

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志波城古代公園 ~第5見学地

文化財スタディ・ツアー最後の見学地、晴天に恵まれ、雪の残る岩手山を望む志波城跡。

外回りの外郭は築地塀と大溝の二重で、外郭南門、政庁東門と復元整備され、

足下には、1200年前の遺構が眠っている。日ととき、いにしえの風に逢う。

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外郭南門

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外郭南門から政庁東門までの南大路を散歩(左) 政庁跡(右)

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以上で全日程終了し、一路解散場所盛岡駅へ。

参加者の皆様、講師の関先生お疲れ様でした。

有り難うございました。

 

次回のフィールドワークの報告は、

6月13日(日)開催の、B-18 鎌倉の「戦場」を歩く の

フィールドワーク(4) 新田義貞鎌倉攻め をお伝えいたします。

お楽しみに。

 

2010年6月11日 (金)

文化財スタディ・ツアー(9) <2日目>

6月4日(金)~6月6日(日)に行われた、

B-17 文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ の様子をお伝えします。

【2日目】

朝から雲行きが怪しい。

達谷窟毘沙門堂 ~第1見学地

天台宗 別當達谷西光寺の毘沙門堂、岩面大佛などを拝観し、境内を散策

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毘沙門堂(左)と辨天堂(右)

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岩面大佛

大岩壁に刻まれた磨涯佛。地震などにより崩落し、現在は摩滅が進む。

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不動堂(左)  鐘楼(中央)  金堂(左)

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毛越寺 ~第2見学地

日本有数の浄土庭園と、平安時代の伽藍が建ち並ぶ礎石などを残した伽藍跡を散策する。

四季折々の草花を配し、当時の船に遊び、

舞楽・観月とみやびやかな過ぎ去った時をほうふつさせる。

南大門跡から池を中心とする浄土庭園の解説受ける、受講者。

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開山堂(毛越寺を開かれた方々をおまつりするお堂)から見た浄土庭園

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毛越寺の中心的な金堂円隆寺跡に立ち、寝殿風な廻廊を解説する。

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旧暦1月の二十日夜祭は毛越寺全山の祭礼で、この常行堂で、延年の舞いが幽玄に舞われる。

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中尊寺 ~第3見学地

毛越寺見学後一路中尊寺へ、金色堂近くで下車、金色堂拝観、経蔵、金色堂旧覆堂、白山神社(能楽堂)、讃衡蔵(展示室)等拝観し、参道を下りながら昼食場所へ、途中西行碑辺りから衣川が合流する北上川を手前に望む。

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金色堂を「覆堂」していた旧覆堂と内部を見学。

堂内に藤原秀衡公八百年遠忌の塔婆が建てられている。

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白神神社、大能楽堂へ向う赤鳥居抜けると、

お盆の薪能が演じられる能楽堂前で解説する関先生

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白神神社奥の見晴台にて、衣川、胆沢方面を一望する。

少し靄がかかり見えづらいが、東北の田園風景見える。

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参道を下りながら鐘楼を左に見て、中尊寺本坊を御参りして杉並木を下る。

昼食は、ずんだ餅精進料理。

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午後の見学は、平泉町世界遺産推進に係わり、発掘整備に係わった係員を招いての見学となった。

 

平泉文化遺産センター ~第4見学地

平泉の文化遺産を展示、映像を駆使して紹介されている。

平泉の歴史や文化を係員より解説頂き、展示物の発掘エピソードや、

当時の飲食(宴会)で使われた土師器杯などの説明を受けた。

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柳之御所跡 ~第5見学地

この遺跡は、平安時代末の居館跡、「吾妻鏡」に記載される「平泉館」比定され奥州藤原氏の政務の場と考えられる跡

発掘調査によって、池、塀、堀、柱痕跡、井戸、土拡等が検出されている。

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発掘調査、整備に係わった方より、調査・発掘の苦労話や、整備するまでの行政とのエピソード、今後の発掘・整備について解説頂く。

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復元された池を説明し、中から土師器杯が数多く見つかり、当時は宴会が多かったことを物語る。

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柳之御所跡見学後、長者ヶ原廃寺跡への移動途中、北上川の自然の要害で、

当時要衝地として利用されていた白鳥舘遺跡をバスの中から見た。

白鳥舘遺跡は、中世15世紀の城の姿ほぼ原型に近い姿で、堀や曲輪の跡が残っている。

 

長者が原廃寺跡 ~第6見学地

西門、土塁跡、南門跡、本堂跡等が発掘調査によって確認され、

発掘調査に係わった方に指示により、本堂跡の礎石(当時のまま)の上に

人柱になり、当時の大きさを体感する。

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えさし藤原の郷 ~第7見学地

古代から中世にかけての東北の歴史文化を体感できるテーマパークで、

城柵や、伽羅御所(秀衡の別居を想定)等を見学、当時にタイムスリップする。

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2日目の見学が終わり、一路宿泊地水沢駅前のホテルへ

今日移動中午後から大雨でしたが見学地は小雨、この文化財ツアーは雨がつきもの・・・・!

明日は最終日、天気にナア~レ!

 

文化財スタディ・ツアー(9) 2日目(6/5)の様子をお伝えしました。

次回は、3日目(6/6)の様子をお伝えします。

 

2010年6月10日 (木)

文化財スタディ・ツアー(9) <1日目>

6月4日(金)~6月6日(日)に行われた、

B-17 文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ の様子をお伝えします。

【1日目】

福島駅集合

厚樫山古戦場跡など ~第1見学地

厚樫山は、大将大木戸国衡に率いられた平泉方の軍勢が陣取った場所

・厚津賀志山の古戦場

 厚津賀志山の古戦場【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】 厚津賀志山の古戦場【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 
・厚津賀志山防塁

尾根などに土塁や石垣(石塁)、空堀や水堀、

さらに塹壕などを平行線上に築いた防御構築物の解説を受けながら、防塁跡へ向う。

 厚津賀志山防塁へ【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 
防塁跡の解説を関幸彦先生より受ける。

草木が生え分かり難いが、よく見ると土塁の跡が伺える。

 厚津賀志山防塁【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  厚津賀志山防塁【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  厚津賀志山防塁【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 

見学地移動中の、車中講座を行う関幸彦先生
(5/29の事前講義での配付資料などを基に、移動時間をフルに使い講義が行われる。)

 車中講座を行う関幸彦先生【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

~福島を後にし、宮城に入り第三の見学と多賀城跡へ、途中昼食をとり体力を付ける。~

 

多賀城跡 ~第2見学地

(日本の律令時代に、陸奥国に設置された城。国府・鎮守府などに使われた。

国の特別史跡に指定。)

あいにくの小雨・・・・・。多賀城政庁跡へ向う受講者

 多賀城政庁跡へ向う受講者【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  多賀城政庁跡へ向う受講者【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

多賀城政庁跡、附寺跡(多賀城廃寺~後で見学)等の解説を行う関幸彦先生

 多賀城政庁跡、附寺跡【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  多賀城政庁跡、附寺跡【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

ゆるやかな丘陵地を登り、政庁跡に向う。

 政庁跡に向う【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 
多賀城跡政庁推定復原模型で当時を解説する関先生。

(陸奥国府の重要な儀式などを行ったところ、

周囲が築地塀で囲まれ、正殿、脇殿などを配されている。)

 多賀城跡政庁推定復原模型で当時を解説する関先生【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

正殿の(敷石は当時の物)解説を受け、多賀城の全盛時に思いを巡らす受講者。

 多賀城の全盛時に思いを巡らす受講者【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  正殿【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  正殿【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 
「泪(なみだ)も落ちるばかり也」【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】 多賀城碑側に松尾芭蕉がこの碑の前に立ち、

その感動を『奥の細道』に書き残した碑がある。

この碑は、歌枕として有名な「壺(つぼのいの)碑(いしぶみ)」と呼ばれている。

 

  「泪(なみだ)も落ちるばかり也」

 

 

多賀城碑の解説風景

 多賀城碑の解説風景【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  多賀城碑の解説風景【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 
石碑面をつくり文字を掘り込んだもので西を向いて立てられている。

前半は、多賀城の位置を京や国の境からの距離で示し、

後半は、多賀城の設置年号や修造年号等が記され、

最後に碑が建てられた年月日が刻まれている。

・高さ約2メートル
・幅 約1メートル
・厚さ約70センチメートル

 多賀城碑【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  多賀城碑説明【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 

多賀城廃寺跡(国特別史跡) ~第3見学地

塔の心柱の礎石などが保存され、史跡公園として整備されている。

多賀城廃寺跡(国特別史跡)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】 多賀城廃寺跡(国特別史跡)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】 多賀城廃寺跡(国特別史跡)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】 多賀城廃寺跡(国特別史跡)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 

「前九年の役」の古戦場跡 ~第4見学地

雪を頂く栗駒山が見える古戦場にて解説を行う関先生

 「前九年の役」の古戦場跡【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  栗駒山【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 

屯(たむろ)ヶ岡八幡宮 ~第5見学地

坂上田村麻呂が蝦夷征討の際に軍団を屯させた所

神社は小高い丘陵地にあり、中腹の鳥居でユーターン・・・。

 屯ヶ岡八幡宮【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  屯ヶ岡八幡宮【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 

骨寺村荘園遺跡(現在は本寺地区) ~第6見学地

中尊寺に現存する「陸奥国骨寺村絵図」に描かれた中世の村の荘園の面影を

現在までとどめている。代表的な日本の原風景が見られる。

奥州藤原氏ゆかりの荘園遺跡である骨寺村は、伝統的な農村の景観が維持されている。

かけがいのない貴重な遺産を調査・発掘に携わっている現地の学芸員の方に

急遽解説を仰いだ。

 081  骨寺村荘園遺跡【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

中世の風景が残る屋敷はイグネ(田んぼに囲まれた農家の背後にある

こんもりした屋敷林で、冬の栗駒山からの西風・雪を防ぐ防風林)が

点在する風景を見ながら探索。解説を受けながら駒形根神社へ

 駒形根神社【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】  駒形根神社【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

駒形根神社中腹から見る風景(用水路は、絵図ほとんど同じ)

 駒形根神社中腹から見る風景【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-17文化財スタディ・ツアー(9)懸想の地・奥州へ】

 

一日目最後の見学地を終え、途中、国の名勝天然記念物に指定され、

栗駒山を原流とする磐井川の中流にある日本百景に数えられている

「厳美渓」の美しい渓谷を見ながら、宿泊地の一ノ関駅前へ

 

文化財スタディ・ツアー(9) 1日目(6/4)の様子をお伝えしました。

次回は、2日目(6/5)の様子をお伝えします。

 

2010年5月25日 (火)

鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)

鶴大広報ブログでは、生涯学習セミナーのフィールドワーク(FW)の様子をお伝えしています。

 

5月23日(日)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動の様子をお伝えします。

 

10:00鎌倉駅出発。

まずは、紀伊国屋の前の交差点(市役所前)で、信号待ちの間に

御成小学校での発掘の結果を教えていただきました。

このあたりは武家屋敷が2つあったらしいです。

 市役所前交差点【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】

 

霜月騒動の舞台から。

蓮花寺跡(碑のみ)を見て、佐助文庫址をみて、

安達屋敷とみられる場所で、霜月騒動の話をききました。

 蓮花寺跡碑【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】  佐助文庫址01【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】  佐助文庫址02【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】

 

ここに来るまでにトンネルをくぐってきたが、往時は回り道をしなければならず、

こんなに短時間では来られなかったようです。

安達屋敷は、以前はもっと離れた場所にあったと考えられていましたが、

最近の文献史料や発掘調査からみて、このあたりだったのではないかという考えが

主になってきているそうです。(今はマンションが建っています)

 トンネルをくぐって・・・【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】  安達屋敷(今はマンション)【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】

  

途中、雨で行程を変更したため、急遽、政子と実朝の墓といわれているやぐらへ。

寿福寺境内にあるやぐらで、往時の面影を色濃く残しているといわれています。

その後、八幡宮まで出て、霜月騒動、宝治合戦の説明。

 政子と実朝の墓といわれているやぐら【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】  八幡宮【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】

 

鎌倉宮まで歩いて、お昼休憩。

永福寺へ。南側の総門かもしれない場所で説明。

置いてある石は、これまでの調査で見つかった石を固めて置いてあるそうです。

続いて、永福寺の北側へ移動。

 永福寺(南側)【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】  永福寺(南側)【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】  永福寺(北側)【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】

 

最後に、三浦一族が自刃した法華堂へ。八幡宮まで戻って、解散。

 源頼朝の墓01【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】  源頼朝の墓02【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動】

 

次回のフィールドワークの報告は、

6月4日(金)~6日(日)開催の、

B-17 文化財スタディ・ツアー(9) 懸想の地・奥州へ をお伝えする予定です。

お楽しみに。

 

2010年5月20日 (木)

鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク2

鶴大広報ブログでは、生涯学習セミナーのフィールドワーク(FW)の様子をお伝えしています。

 

遅くなってしまいましたが、

5月16日(日)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(2)比企氏滅亡と和田合戦の様子をお伝えします。

 

今回のFWは、比企一族滅亡、和田合戦の舞台を巡ります。

天気は今回も快晴、暑くなりそうです。(今年度はFWではずっと晴れています。)

10:00に鎌倉駅西口の旧駅舎時計台前を出発し、鶴岡八幡宮を目指します。

 鎌倉駅西口 旧駅舎時計台前 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

若宮大路(二の鳥居から)の「段葛」を歩き、八幡宮へ。

 若宮大路 二の鳥居 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  段葛 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  若宮大路 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

八幡宮の大銀杏は、先日倒壊しましたが、

現在は新芽がぐんぐん伸び生命力に感心しました。(増えすぎた苗木はどうするの・・・?)

 鶴岡八幡宮 大銀杏 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  鶴岡八幡宮 大銀杏(新芽) 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  鶴岡八幡宮 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

二十五坊跡を見学。

発掘調査などを含め何も手を加えない保存方法(土地を市が買収)もあるそうです。

 二十五坊跡 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  二十五坊跡02 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  二十五坊跡03 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

鎌倉国宝館で「特別展 鎌倉の至宝」をじっくりと拝観した後、昼食。

13:00大倉御所へ、

法華堂跡(源頼朝墓付近)から鎌倉市内を臨むと幕府の主要地は意外に狭く感じられます。

 法華堂跡(源頼朝墓)01 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  法華堂跡(源頼朝墓)02 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

東御門、荏柄天神、西御門、関取場跡(関所)などを見学しましたが、

大路と称されている道が、実は小路や路地のような幅しかないのも驚きです。

 荏柄天神社 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  大路と称されている道が、実は小路や路地のような幅しかない 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

寶戒寺、宇津宮稲荷を経て、比企ヶ谷・妙本寺へ。

    寶戒寺 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】     宇津宮稲荷 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】
 妙本寺01 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  妙本寺02 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  妙本寺03 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

町屋跡を通り、元鶴岡八幡宮、

一の鳥居跡(現在は石の鳥居ですが、位置も少し違います。)を見学。

 町屋跡 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  元鶴岡八幡宮 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  一の鳥居跡01 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】
   一の鳥居跡02 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】    一の鳥居 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

そして、本日の最終目的地、和田塚へ。(この地面の下からは多数の遺骨が出るようです)

 畠山重保邸跡碑 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  和田一族戦没地01 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】  和田一族戦没地02 【平成22年度第1クール 鶴見大学生涯学習セミナー FW2 比企氏滅亡と和田合戦】

 

予定通り16:00に解散。

平坦でしたがちょっと歩いたかな(約15,000歩)と感じました。

今回のFWも無事終えることができました。

受講者の皆さん、ご協力有難うございました。

本当にお疲れ様でした。来週もがんばってください。

 

次回のフィールドワークの報告は、

5月23日(日)開催の、B-18 鎌倉の「戦場」を歩く の

フィールドワーク(3)宝治合戦と霜月騒動をお伝えいたします。

お楽しみに。

 

2010年5月10日 (月)

日帰り美術観照スタディ・ツアー ~川崎の仏像~

鶴大広報ブログでは、生涯学習セミナーのフィールドワークの様子をお伝えしています。

 

今回は、5月9日(日)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~

の様子をお伝えします。

 

東京急行電鉄 新丸子駅を12:30に出発。

真言宗豊山派 大楽院へ。

こちらには、川崎市重要歴史記念物に指定されている、

室町時代(16世紀後半)制作と考えられる木造 釈迦如来坐像があります。

今回のフィールワークのために、

ご住職自らご用意いただいた資料をいただき、お話いただきました。

 真言宗豊山派 大楽院【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】 川崎七福神のひとつ恵比寿様が祀られています(大楽院)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】

 

近くの日枝神社も参拝。

 日枝神社【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】 講師の工藤先生(日枝神社)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】 神猿像(日枝神社)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】

  

駅へ戻り、東急東横線 武蔵小杉駅へ移動。

バスに乗って影向寺(ようごうじ)へ。

重要文化財に指定されている木造 薬師如来坐像と両脇侍立像があります。

ご住職に解説いただき、受講者の質問にもお答えいただきました。

 影向寺【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】 かながわの名木100選にも選ばれた影向寺の乳イチョウ(影向寺)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】 影向寺のいわれとなった霊石(影向寺)【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-20 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~】

今回もいい天気で、今年のフィールドワークはいまだ雨なしです。

最後に、特別拝観やご説明いただきました大楽院さま、影向寺さまに感謝申し上げます。

ありがとうございました。

この講座「日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~」は、

次回の第2クールにも開催予定です。

ご興味ある方は、8月中旬以降に発送予定の

平成22年度第2クール(秋期)パンフレットご覧ください。

 

次回のフィールドワークの報告は、

5月16日(日)開催の、

B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(2) 比企氏滅亡と和田合戦

をお伝えいたします。お楽しみに。

 

2010年4月27日 (火)

鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク1

鶴大広報ブログでは、生涯学習セミナーのフィールドワークの様子をお伝えしています。

 

今回は、4月25日(日)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-18 鎌倉の「戦場」を歩く フィールドワーク(1) 二俣川古戦場 の様子をお伝えします。

 

今回は、二俣川古戦場・畠山重忠ゆかりの地を歩くフィールドワークです。

10:30に相鉄線鶴ヶ峰駅に集合。

まずは鎧の渡し緑道を通り、「首洗い井戸」「首塚」へ。

鎌倉時代、鎧を頭上にかざして川を越えたので「鎧の渡し」というそうです。

重忠公の首が斬られ祭られた首塚。その首を洗い清めた首洗いの井戸。

 鎧の渡し緑道【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  首洗い井戸【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  首塚【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

重忠公碑・さかさ矢竹、矢畑・腰巻、六ツ塚へ。

重忠公碑は没後750年を迎えた昭和30年に埼玉県川本町(現・深谷市)と

鶴ヶ峰の有志によって建立されました。

六ツ塚は畠山氏の軍勢130余騎を埋葬したと伝えられる六つの塚のことです。

 重忠公碑・さかさ矢竹【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  六ツ塚【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

鶴ヶ峰浄水場横にある重忠公の内室「菊の前」が、重忠公戦死を聞いて自害し、

駕籠ごと埋葬されたと伝えられる駕籠塚。

鶴ヶ峯神社を参拝して、鶴ヶ峰本町第三公園へ。

ここは見晴らしが良くてみなとみらいも見えます。

 駕籠塚【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  鶴ヶ峯神社【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  鶴ヶ峰本町第三公園【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

白根公園で昼食休憩。

白根神社境内の白糸の滝、白根神社を参拝。

 白糸の滝【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  白根神社【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

行者の修行にも使われた行者の滝、白根不動尊を参拝。

 行者の滝【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  白根不動尊【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

帷子川分水路まで歩いて、今回はここで解散。

帷子川分水路【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

とても気持ちいい天気で、フィールドワーク日和でした。

今回歩いたコースは横浜市旭区で発行している散策マップ あさひ散歩

あさひ散歩3 鶴ヶ峰の史跡を訪ねてのコースを歩きました。

最後にフィールドワーク中に見かけた花々を。

 山吹【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  八重桜【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  花水木【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

 これは何の花でしょう?聞いたのに忘れました【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  おそらくクレソン【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】  躑躅【鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール B-18 鎌倉の「戦場」を歩く FW1 二俣川古戦場】

 

次回のフィールドワークの報告は、

5月9日(日)開催の、

B-20 日帰り美術鑑賞スタディ・ツアー 神奈川の仏像V ~川崎に仏像を訪ねて~

をお伝えいたします。今回のように晴れsunたらいいですね。

お楽しみに。

 

2010年4月20日 (火)

日帰り美術観照スタディ・ツアー -伊勢原の仏像-

鶴大広報ブログでは、生涯学習セミナーのフィールドワークの様子をお伝えしています。

 

今回は、4月18日(日)開催の鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール、

B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~

の様子をお伝えします。

この講座は、平成21年度第2クールと同じコースです。(前回の様子はこちら

 

前日は季節はずれの雪にも関わらず、当日は大変いい天気。

伊勢原の駅より「日向薬師」行のバスに乗り込み山道を走ること20分

表参道の入口に到着。

参道に入る前に白髭神社に立ち寄る。

白髭神社は、ここに逃れて住み着いた高句麗の王若光を祀ったのがはじまり。

本殿は茅葺で、低い位置にある木鼻の獅子が素敵な趣のある神社。

そこからひたすら山道登って日向薬師に向かう。

 白髭神社(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  木鼻の獅子(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  日向薬師へ(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)

途中、仁王像が並び立つ山門を抜けて日向薬師の本殿へ。

朱塗りの鮮やかな本殿。こちらも見事な木鼻が眼に留まる。

宝物殿の方から貴重なお話を伺う。

国指定重要文化財・木造薬師如来坐像、その両脇に立つ日光・月光菩薩立像

同じく木造阿弥陀如来坐像を観る。

また同じく、木造四天王立像・木造十二神将立像は、全国的にみても木造のものでこれだけ揃っているのは珍しいとのこと。

仏像観照の後はお花見気分で昼食

ソメイヨシノは散っていたが、八重桜が満開。

 山門の仁王像(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  山門の仁王像(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  日向薬師へ(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)

 日向薬師へ(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  日向薬師本殿(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  八重桜(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)

昼食後はバス停に戻る。

バスに乗って「台久保」(「道灌塚前」よりこちらで下車したほうが近い)で下車。

太田道灌の胴塚を訪ねる。

有能さを恐れた主人に暗殺されたそう。

胴塚の前の巨木の切り株にフタ(帽子?)をしている。

樹木とお墓(鎮魂)は深く関係があるそうで、ここにも立派な銀杏の木などがあった。

道灌と関係の深い山吹も満開。

 太田道灌胴塚(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  太田道灌と山吹の花(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)

 太田道灌胴塚(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)  巨木の切り株に帽子(鶴見大学生涯学習セミナー【平成22年度第1クール】B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像IV ~伊勢原に仏像を訪ねて~)

道々、春の花々に癒されながらのフィールドワークだった。

寒すぎず暑すぎずで、フィールドワークにはもってこいのいい気候の中、

何事もなく無事終了した。

 

次回のフィールドワークの報告は、

4月25日(日)開催の、B-18 鎌倉の「戦場」を歩く の

フィールドワーク(1)二俣川古戦場をお伝えいたします。

お楽しみに。

 

2009年12月11日 (金)

横浜はじめて物語 フィールドワーク2

12月10日(木)、横浜はじめて物語 -ラブリー横浜散策-フィールドワークが行われました。

 

山手の洋館散歩
JR石川町駅集合中村川沿いを歩いて、遊行坂へ  ☆山手はクリスマスの雰囲気

石川町駅改札 石川町駅 中村川沿いを歩いて、遊行坂へ

 

地蔵坂下の亀之橋(1)、翁橋(2)そして車橋(3)(戦後の設立)

地蔵坂下の亀之橋 翁橋 車橋
(1)亀之橋 (2)翁橋 (3)車橋

 

遊行坂 浄光寺を経て
遊行坂 浄光寺

 

遊行坂途中の山手開発当時の石垣などを説明
 *同じ長方形の石を組み合わせた

同じ長方形の石を組み合わせた石垣 嶋田先生の解説

まだまだ続く遊行坂

まだまだ続く遊行坂 遊行坂

 

明治24年(1891年)創設の「横浜植木株式会社」見学。近代園芸会社の草分けとしての文明開化の地(ヨーロッパなどへ輸出。上木の土はきれいに取り消毒!)

横浜植木株式会社 植木 横浜植木株式会社

創設者:鈴木卯兵衛之像

創設者:鈴木卯兵衛之像

 

会社の食堂で、創設当時の敷地図などの説明とお茶を頂き一休み。そして屋上へ、

「横浜植木株式会社」説明 「横浜植木株式会社」説明

 

しばし絶景を見ながら、説明を受ける。雲がなければ、富士山も・・残念。

絶景1 絶景2 絶景3 絶景4

 

横浜共立学園正門にて

横浜共立学園正門にて 横浜共立学園正門にて

 

横浜214番館にて

横浜214番館にて 横浜214番館にて

 

途中校舎のステンドグラスが目に入る。

校舎のステンドグラス 校舎のステンドグラス

 

山手の歩道は御影石(なんと、横浜の路面電車の敷石をを利用)

山手の歩道は御影石 次は山手イタリア山庭園へ・・・

 

山手イタリア山庭園

山手イタリア山庭園

 

(外交官の家) 館内はクリスマス一色

外交官の家 外交官の家(外) 外交官の家(内)
館内はクリスマス一色 館内はクリスマス一色

 

(イタリア庭園)

イタリア庭園 イタリア庭園

 

(プラス18番館)

プラス18番館 プラス18番館 プラス18番館

 

横浜山手女中・高等学校

横浜山手女中・高等学校

 

フェリス女学院(校舎のステンドクラスが素晴しい・・・。)

フェリス女学院(校舎のステンドクラスが素晴しい・・・。)

 

最後の見学地、ベーリックホール(館内自由見学)

ベーリックホール ベーリックホール

 

ヤドリギ(宿木、学名 Viscum album) 

ヤドリギ(宿木、学名 Viscum album)
(精霊を呼ぶ異教のお祭りが、後にキリスト教にとりこまれてクリスマスツリーと. なりました。 永遠の生命の象徴である常緑樹と、強い生命力の象徴、ヤドリギを戸口に飾る。)

今年度の「横浜はじめて物語」FWは、先生、受講生皆様のおかげで、晴天に恵まれ、無事終了することが出来ました。有り難うございました。

 

 

この『横浜はじめて物語』の講師・嶋田昌子先生が、

NHK総合で毎週木曜 午後10:00~10:43に放送中の『ブラタモリ』に出演されます。

  ★彡☆彡 2009年12月17日放送 第10回 横浜をブラタモリ ★彡☆彡

 

次回、平成22年度第1クールは4月下旬から順次開講する予定です。

『横浜はじめて物語』 も開講予定です。

この講座 『横浜はじめて物語』 はキャンセル待ちが出る大変人気の講座です。

平成22年度第1クールのパンフレットは、3月中旬以降の発送を予定しています。

ご興味ある方は、お早めにお申込ください。

みなさまのご参加をお待ちしています。

 

2009年11月26日 (木)

横浜はじめて物語 フィールドワーク1

11月26日(木)、横浜はじめて物語 -ラブリー横浜散策-フィールドワークが行われました。

神奈川宿歴史の道いよいよ秋も深まり寒い日も多くなりましたが、この日は久々の晴天に恵まれ、暖かい日差しの中の散策となりました。

 

京浜急行電鉄本線 仲木戸駅から出発です。

東海道五十三次のひとつである神奈川宿の面影を尋ねて、京急神奈川新町駅~神奈川駅間の「神奈川宿歴史の道」を歩き始めました。

この道は赤茶色のレンガが敷かれおり、それに沿って歩くと、ガイドパネルが立つ歴史的場所に行き着くことができます。

パネルの前の道には青海波(セイガイハ・東海道にちなんだシンボルマーク)【1】がデザインされていてとても分かりやすくなっています!

【1】 青海波

 

仲木戸駅からすぐの神奈川小学校の裏には、神奈川宿の絵図【2】があります。ここで再度今回のルートを確認しました。小学校沿いを歩いて行くと、まず、『神明宮』【3】と『能満寺』【4】が道を隔てて隣合わせで建っています。かつて広大な敷地内に両社寺がありましたが、明治の神仏分離令のために分かれてしまったそうです。

【2】神奈川宿の絵図 【3】神明宮 【4】能満寺

 

能満寺からまっすぐ進み左に折れると、『笠ノギ(禾偏に皇)稲荷』【5】が目に入ります。笠をかぶった人がこの前を通ると、自然と笠が脱げ落ちたという伝説があり、笠脱稲荷と呼ばれるようになり、笠ノギ稲荷となったとのこと。(参拝するときには帽子を取ってくださいね。って先生が言ってました。)

【5】笠ノギ(禾偏に皇)稲荷 笠ノギ稲荷

 

次は神奈川新町駅。踏み切りを渡った正面には浦島公園があります。実はこの周辺には浦島伝説があるのです。これにちなんで車止めもカメなんですよ。(かわいい…heart04)【6】

【6】車止めのカメ

 

また仲木戸駅に戻ってトイレ休憩をした後、今度は横浜方面に向かった歩いて行くと、平安時代の建立といわれる古刹・『熊野神社』【7】と『金藏院』【8】があります。

【7】熊野神社 【8】金藏院

ここをまっすぐ進んで行くと神奈川地区センターの前に『高札場』【9】が復元されています。その先には開港当時、アメリカ人宣教師の宿舎となった『成仏寺』【10】、そこから滝の川を渡った奥には、イギリス領事館に当てられた『浄瀧寺』【11】。

【9】高札場 【10】アメリカ人宣教師の宿舎となった『成仏寺』 【11】イギリス領事館に当てられた『浄瀧寺』

権現山に向かう道にある『宗興寺』【12】は宣教師で医者でもあったヘボン博士が施療所を境内で開いた場所でもあります。境内には石碑【13】が建てられていました。(途中ちょっと道に迷い、ご近所の方に教えて頂きました。)

【12】宣教師で医者でもあったヘボン博士が施療所を境内で開いた『宗興寺』 【13】ヘボン博士石碑

春は桜の名所でもある『権現山』【14】に登って、海の方向を眺めてみました。幕末明治の開拓でかなり低くなったようで、当時のように海を眺めることはできませんでした。

【14】『権現山』桜の名所でもある『権現山』 

権現山を降りて、近くに銀杏の黄葉と狛犬が美しい『洲崎神社』【15】に立ち寄り、イギリス士官宿舎のあった『普門寺』【16】・フランス公使館のあった『甚行寺』【17】を見ながら、神奈川駅近くの『本覚寺』【18】まで行きました。本覚寺はアメリカ領事館があった場所でもあります。今回のフィールドワークはここで解散となりました。

【15】『洲崎神社』の狛犬 【16】イギリス士官宿舎のあった『普門寺』
【17】フランス公使館のあった『甚行寺』 【18】アメリカ領事館があった『本覚寺』 

横浜開港と聞くと、関内やみなとみらい地区ばかり注目されがちですが、鶴見に近い神奈川区にも充分開国当時の面影を見つけることが出来ました。

 

2009年11月18日 (水)

日帰り美術観照スタディ・ツアー -伊勢原の仏像-

11月15日(日)は、B-22日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅲ-伊勢原に仏像を訪ねて-の開催日でした。

 

今回の日帰り美術観照スタディ・ツアーは、伊勢原市内の仏像などを見学しました。
フィールドワーク当日は、さわやかな秋晴れに恵まれ、大山や丹沢山系が抜けるような青空に映えていました。(講師の工藤先生は「晴れ男」を宣言されていました・・・)
さて、伊勢原駅から日向薬師行のバスに乗り、終点で下車。(大山ケーブル行のバス乗り場には長蛇の列が・・・)
バス停を下り、まずは白髭神社へ。祭神は高麗王若光、熊野権現。本殿は流れ平入造りです。また、見事な彫刻が間近で見ることができました。

白髯神社01(雲ひとつない快晴) 白髯神社02(工藤先生の解説を聞きながら) 白髯神社03(本殿の見事な彫刻)

 

長い参道を登り、本日のメイン、行基が開創したと伝えられる日本三薬師の一つ日向薬師へ。途中、山門の仁王像が迎えます。

日本三薬師の一つ日向薬師へ 山門 山門の仁王像
日向薬師本堂へ01 日向薬師本堂へ02

 

日向薬師本堂日向薬師本堂を参詣した後、宝物館へ。
御開帳日ではなく鉈彫り薬師三尊像は厨子の中で 直接見ることはできませんでしたが、国の重要文化財でもある阿弥陀如来坐像・薬師如来坐像・日光月光菩薩立像・四天王立像・十二神将立像などは間近に見ることができ、その素晴らしさを堪能しました。(撮影禁止のため写真はありません。)
また、梵鐘や樹齢800年といわれる幡かけの杉を見学し、境内のベンチで昼食を取りました。

梵鐘01 梵鐘02 樹齢800年といわれる幡かけの杉

 

日向薬師を後に太田道灌(1432-86)胴塚のある洞昌院へバスで移動。首塚は別にあり、また、場所も諸説あるようです。
最後に大山山頂もくっきりと見えました。事故もなく無事終了しました。

太田道灌之墓 太田道灌胴塚01
太田道灌胴塚02 大山山頂もくっきりと

 

鶴見大学生涯学習セミナーでは、次回も同様の企画を計画中です。
参加してみたいとお考えの方は、3月中旬頃に出来上がります平成22年度第1クールパンフレットで内容をご確認の上、お申し込みください。
皆様のご参加をお待ちしています。

 

2009年11月16日 (月)

文化財スタディ・ツアー(8)<3日目>

10月30日(金)から11月1日(日)に行われた文化財スタディ・ツアー(8)3日目の様子をお伝えいたします。

鶴見大学生涯学習セミナー 平成21年度第2クール
 B-18 文化財スタディ・ツアー(8) ―出雲から萩・津和野へ― 【10/30(金)~11/1(日)】

1日目(10/30)はこちら

2日目(10/31)・津和野編はこちら

2日目(10/31)・萩編はこちら

<3日目(11/1)> 

 ついに、ツアーも最終日の3日目に入りました、この日は、ついに朝から雨が降ってしまいしましたが、雨にも負けず、藩庁門、山口大神宮、山口ザビエル記念聖堂、瑠璃光寺、常栄寺雪舟館庭回りました。

【藩庁門】

藩庁門02 藩庁門02

この門はその藩庁の正門で、脇門付薬医門で、切妻造り、平入り、本瓦葺きです。屋根の真ん中から下がる柱が、下の門とずらしているところが珍しいそうです。昔の知恵で、地震の力を分散させるため?かもしれないようです。

 

【山口大神宮】

山口大神宮01 山口大神宮02 山口大神宮03

 社殿は伊勢神宮と同じ形式の神明造りです。社殿からの石段を登ると、内宮と外宮があり、内宮は天照大御神、外宮は豊受大御神が祭神で神明造りの社殿が建てられています。内宮と外宮は、造替遷宮が行われますが、必ずずらして遷宮され1直線上に並ぶことは無いそうです。内宮と外宮ともに3番目のお社の屋根は、鷲原八幡宮と同じく手前側の屋根だけが長くなっています。

 

【山口ザビエル記念聖堂】

山口ザビエル記念聖堂 大聖年の鐘

1952年、聖フランシスコ・サビエルの功績を称え、建立されました。 しかし、その聖堂は1991年9月5日に焼失し、その後、1998年4月29日に現在の記念聖堂が建てられました。
聖堂1階の記念館で、フランシスコ・サビエルの足跡やキリスト教のあゆみに関係する資料(「ザビエルの手紙」や古い衣装など)を拝観しました。右の画像は、「キリスト生誕2000年 アジアに平和を祈る 大聖年の鐘」です。

 

【瑠璃光寺】

瑠璃光寺 瑠璃光寺五重塔

 瑠璃光寺(るりこうじ)は、曹洞宗の寺院。本尊は薬師如来。国宝の五重塔を中心として、境内は香山公園と呼ばれている。文明三年(1471)に陶弘房の夫人が、夫の菩提寺として建立し、最初は安養寺と称し、明応元年(1492)に寺号を瑠璃光寺と改めた。
 五重塔(右の画像)は、約560年前、大内盛見が戦死した兄(大内義弘)の霊を弔うために
建てられたとの事です。
 瑠璃光寺には、資料館があり、摩耶夫人像や伎楽面・舞楽面、五重塔に関する50以上の写真や非常に精巧な模型などが展示されていました。

 

【常栄寺雪舟館庭】

常栄寺雪舟館庭01 常栄寺雪舟館庭02 常栄寺雪舟館庭03

この庭園は、凡そ五百年前、大内政弘が画聖雪舟に依頼し築庭されたものとの事です。
こちらが、今回のツアーの最後の史跡になりました。しばし時間を忘れ、庭園を眺めました。

 この後、昼食を取り、山口宇部空港から羽田空港に向かい無事到着し、文化財スタディ・ツアーが無事終了しました。お疲れ様でした。

 

ツアーにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。
訪問させていただいた寺社や施設等、関係者の皆様、ありがとうございました。

 

平成22年度も文化財スタディ・ツアーを予定しています。
日程・場所等は、3月中旬ごろ完成予定の
平成22年度第1クールパンフレットでご確認ください。

 

2009年11月14日 (土)

文化財スタディ・ツアー(8)<2日目・萩編>

10月30日(金)から11月1日(日)に行われた文化財スタディ・ツアー(8)の2日目・萩編の様子をお伝えいたします。

鶴見大学生涯学習セミナー 平成21年度第2クール
 B-18 文化財スタディ・ツアー(8) ―出雲から萩・津和野へ― 【10/30(金)~11/1(日)】

1日目(10/30)の様子はこちら

2日目(10/31)・津和野編の様子はこちら

<2日目(10/31)・萩編> 

【萩】
萩到着は、2時過ぎになってしまいましたが、東光寺・毛利氏廟所・元治甲子殉難烈士墓所、吉田松陰之墓・高杉晋作之墓、松陰誕生地、松陰神社、伊藤博文旧宅、武家屋敷、高杉晋作旧宅、木戸孝允旧宅、萩城跡を回りました。

(東光寺)

東光寺01 東光寺02

広くて長い参道を登り、総門や三門をくぐり東光寺に到着しました。大きなお寺で、内部にきれいな装飾がされていました。

 

(毛利氏廟所・元治甲子殉難烈士墓所)

毛利氏廟所01 毛利氏廟所02 毛利氏廟所03
毛利氏廟所04 元治甲子殉難烈士墓所 

東光寺の裏手に萩藩主毛利家5名とその各婦人10基、それ以外に近親者、神道、華表など30数基、重臣諸家により献上した石灯籠500基が整然と立ち並んでおり、まさにあっかんでした。
下段右端の画像は、元治元年(1864)京都禁門の変に関わる元治甲子殉難烈士や関係する方々の墓碑です。

 

(吉田松陰之墓・高杉晋作之墓)

吉田松陰之墓 吉田松陰の墓ならびの墓所 高杉晋作之墓

毛利氏廟所から10分位山を登ると、吉田松陰、吉田松陰に関係する人々、高杉晋作の墓ならびに墓所があります。高杉晋作は、その時代吉田松陰に関係する人々と身分が異なるため一段奥にお墓が造られたそうです。

 

(松陰誕生地)

松陰誕生地(銅像) 誕生地から見た萩の風景

吉田松陰之墓のほど近くに松陰誕生地があります。今でも萩の町を見守っているかのように銅像があります。右の写真は、誕生地から見た萩の町の風景です。

 

(松陰神社)

松陰神社 松下村塾01 松下村塾02

松陰誕生地からバスで10分位移動し、松陰神社にやってきました。松陰神社には、松下村塾、吉田松陰幽囚ノ旧宅、吉田松陰歴史館、松陰神社宝物殿「至誠館」など松陰ゆかりの施設などがあります。吉田松陰は、まるで萩のお殿様?のようでした。

 

(伊藤博文旧宅)

伊藤博文旧宅01 伊藤博文旧宅02

松陰神社の右手奥あたりに位置し、松陰神社入り口から徒歩10分位で到着しました。伊藤博文は、下級武士の出ということで質素な旧家でした。なお、一番右の画像は、総理大臣になった後から使用していた旧家とのことです。

 

(武家屋敷、高杉晋作旧宅、木戸孝允旧宅他)

武家屋敷 高杉晋作旧宅01 高杉晋作旧宅02
旧久保田家住宅 菊屋家住宅 史跡萩城城下町
木戸孝允誕生地 青木周弼旧宅 円政寺

大急ぎでバスにのり萩城城下町に移動しました。実は、これまでの行程で時間がかかり過ぎてしまい、城下町で拝観できたのは、高杉晋作旧宅だけでした。城下町は、上級武士が住んでいたため、各家の敷地も広く作りも大きく立派な旧家ばかりでした。

 

(萩城跡)

萩城跡01 萩城跡02 萩城跡03

やっと、本日の最終!萩城跡です。(やっと着きました。)到着した時は、既に日が暮れかかっており、薄暗くなっておりました。バスに戻った時は、実は真っ暗でした。見学が終わって、バスに戻った皆さんは、さすがに疲れたとみえて皆静かで、本日の宿泊する山口県山口市の湯田温泉に向かいました。

 

2日目は津和野編と萩編と2回に分けてお伝えしました。
次回はいよいよ最終日3日目をお伝えします。乞うご期待。

 

2009年11月13日 (金)

文化財スタディ・ツアー(8)<2日目・津和野編>

遅くなりましたが、10月30日(金)から11月1日(日)に行われた文化財スタディ・ツアー(8)の2日目の様子をお伝えいたします。

鶴見大学生涯学習セミナー 平成21年度第2クール
 B-18 文化財スタディ・ツアー(8) ―出雲から萩・津和野へ― 【10/30(金)~11/1(日)】

1日目(10/30)の様子はこちら

<2日目(10/31)> 
2日目も8:00出発という割りと早い出発時間でしたが、どなたも遅れることも無く出発いたしました。2日目も1日目と同様にお天気に恵まれました。

2日目は、午前中に津和野を中心に、午後は萩へ移動し史跡を巡りました。ちなみに宿泊は、山口県山口市の湯田温泉という結構な距離を移動しました。

【津和野】
午前中に津和野城(三本松城、蕗城)跡、太鼓谷稲成神社、森鴎外記念館・森鴎外旧宅を回り、お昼を挟んで、西周旧居、鷲原八幡宮を回りました。

(津和野城跡観光リフト)

津和野城跡観光リフト 良いお天気の中、リフト
津和野町内

写真のとおり良いお天気で、リフトに乗り降りたところで、津和野町内を1枚撮りました。良い眺めです。(ここまでは、リフトで上がるのだから城跡まではすぐに到着するものだと軽い気持ちでいました。)

 

(中世(吉見氏時代堀切))

中世(吉見氏時代堀切)01 中世(吉見氏時代堀切)02 中世(吉見氏時代堀切)03

自然地形を利用した堀切とのことです。

 

(津和野城出丸跡)

津和野城出丸跡01 津和野城出丸跡02
津和野城出丸跡03

出丸跡では、お茶をいただくこともできます。

 

(津和野城出丸からの津和野町)

津和野城出丸からの津和野町(左) 津和野城出丸からの津和野町(中) 津和野城出丸からの津和野町(右)

(ここまでも少々山道でしたが、ちょっとしたハイキング程度かな?と考えていました。)

 

(津和野城の案内・碑)

足元に細心の注意をしながら(写真ぶれました) 津和野城の案内・碑01 津和野城の案内・碑02 津和野城の案内・碑03

(先程のハイキングコース?とは変わって、山道になり、足元に細心の注意をしながら歩き続けました。)

 

(石垣、東門跡、西門跡)

しばらく山道が続きます 石垣01 東門 石垣02
石垣03 西櫓門跡 津和野城跡へ きれいな紅葉

しばらく山道を歩くと、前方にすごい石垣が現れ、思わず「えっ」と驚いてしまいました。そして、東門跡、西門跡を登りいざ、頂上へと思ったところで、きれいな紅葉が見れました。

 

(津和野城跡)

頂上到着 解説する関先生 津和野城跡

やっとの思いで津和野城跡の頂上にたどり着き、関先生に解説をしていただき、皆さんと記念写真も撮りました。(予想を超える道のりで、1日目同様、かなりの汗をかいてしまいました。1日目の石見銀山の疲れが取れぬままの登山?はかなりハードでした。ちなみに下りは、登りのつらさとは大違いであっという間に下ってしまいました。登りの辛さは何だったのでしょう?)

 

(太鼓谷稲成神社)

太鼓谷稲成神社01 太鼓谷稲成神社02 太鼓谷稲成神社03
太鼓谷稲成神社04 太鼓谷稲成神社05

山陰地方では、一度はお参りしなければというほど有名な神社とのことです。
津和野城跡からのハイキングコース?もあったのですが、後の事と時間を考慮し、津和野城跡からは、リフト&バスで移動しました。

 

(森鴎外記念館・森鴎外旧宅)

森鴎外記念館 森鴎外旧宅01
森鴎外旧宅02 森鴎外旧宅庭から津和野城跡を望む

ここでは、『文豪「森 鴎外」と石見人「森 林太郎」』について勉強させていただきました。一番右端の写真は、森 鴎外旧宅庭から撮った津和野城跡です。結構な高台に見え、さっきまであそこに居たのかと思い浸りました。

 

(津和野町内)

何歳? きれいな鯉が何匹も 美しい町並みです 津和野町内のカトリック教会

お昼休みで少しだけ時間がとれたので、有名な鯉と町並みを撮りました。鯉の大きさは、本当に大きいです。何歳になったら、こんなに大きくなるのでしょうか?

 

(西周旧居)

西周旧居02 西周旧居03 西周旧居04

 

(鷲原八幡宮)

やぶさめの馬場 鷲原八幡宮01 鷲原八幡宮02
鷲原八幡宮03 手前側の屋根だけが長い

楼門、拝殿、本殿が一軸上にあり、この社殿配置は、山口県の山口大神宮(山口市)などに見ることができます。左上の画像は、全国的に有名な「やぶさめの馬場」です。かなりの長さで幅も広く2本に並んでました。右下の画像は、手前側の屋根だけが長い変わったお社の画像です。
鷲原八幡宮の後は、急いでバスに乗り込み萩に向かいました。

 

津和野編はここまで。
思いのほか、2日目の報告が長くなりましたので、2日目は津和野編と萩編と分けて、報告します。
次回、2日目・萩編をご期待ください。

 

2009年11月 6日 (金)

文化財スタディ・ツアー(8)<1日目>

10月30日(金)から11月1日(日)に行われた文化財スタディ・ツアー(8)の様子をお伝えいたします。

鶴見大学生涯学習セミナー 平成21年度第2クール
 B-18 文化財スタディ・ツアー(8) ―出雲から萩・津和野へ― 【10/30(金)~11/1(日)】

<1日目(10/30)> 

羽田空港 7:15集合  8:20発  早い集合時間にも関わらず、ほぼ時間通りに出発しました。
出雲空港 10:00頃到着 ここから、2泊3日貸切バスでの移動になりました。
1日目午前は出雲大社に向かい、午後は石見銀山にまいりました。お天気は、汗をかくくらいの良いお天気に恵まれました。

【出雲大社(いづもおおやしろ)】
残念ながら、「平成の大遷宮」のため御本殿を見ることができませんでした。
仮拝殿、御仮殿、八足門、十九社、釜社、氏社、神祜社の順で拝観してまいりました。

(仮拝殿)

出雲大社 仮拝殿 出雲大社 注連縄
出雲大社 「神光満殿」の額

 

(左;御仮殿に行く途中、ちらりと見えた「だいこくさま?」、右;御仮殿)

だいこくさま? 出雲大社 御仮殿

 

(八足門)

出雲大社 八足門 出雲大社 御本殿勝男木

 

(十九社)

出雲大社 十九社01 出雲大社 十九社02

 

(釜社)

出雲大社 釜社01 出雲大社 釜社02

 

(神祜社)

宝物殿 古代神殿心御柱 稜威砲と神風

 

【石見銀山】

 現地に到着するまで、龍源寺間歩は途中の道が崩落により通行止めのため行かない予定でしたが、通行止めが解除されていたため急遽行くことになり、以下の順に巡りました。
 石見銀山資料館(大森代官所跡)、勝源寺、熊谷家住宅、旧河島家、観世音寺、羅漢寺(五百羅漢)、龍源寺間歩。

 

(左;石見銀山資料館(大森代官所跡)、右;勝源寺)

石見銀山資料館(大森代官所跡) 勝源寺

 

(勝源寺(四脚山門 左;「水飲みの龍」、右「阿吽の獣」))

勝源寺 四脚山門 「水飲みの龍」 勝源寺 四脚山門 「阿吽の獣」01 勝源寺 四脚山門 「阿吽の獣」02
勝源寺 四脚山門 「阿吽の獣」03 勝源寺 四脚山門 「阿吽の獣」04

画像ではご紹介できませんが、勝源寺境内のお堂には、隠れキリシタンのお地蔵さまやマリア像が置かれていました。

 

(観世音寺)

観世音寺01 観世音寺02

 

(羅漢寺(五百羅漢))

羅漢寺(五百羅漢)01 羅漢寺(五百羅漢)02

ユニークな雰囲気をつくる石窟五百羅漢は、圧倒されました。

 

(龍源寺間歩までの途中)

龍源寺間歩までの途中01 龍源寺間歩までの途中02

龍源寺間歩までは、自然歩道の説明を受け、楽に行けると考えていたのですが、結構な道のりで、上着を1枚脱ぎ、2枚脱ぎ、最後は汗びっしょりになりたどり着きました。途中、福神山間歩の碑の前も通りました。

 

(龍源寺間歩)

石見銀山 龍源寺間歩01 石見銀山 龍源寺間歩02
石見銀山 龍源寺間歩03 石見銀山 龍源寺間歩04

現在、石見銀山で通れる坑道は、龍源寺間歩だけとのことです。実際の坑道を見てみると採掘の大変さを実感させられました。脇の坑道に入ると、迷って戻ってこられなさそうでした。

 

(龍源寺間歩からの帰り)

史跡石見銀山遺跡 佐毘売神社 山吹城城門(西本寺)
石見銀山遺跡大久保石見守墓01 石見銀山遺跡大久保石見守墓02 大安寺跡

 佐昆売山神社、西本寺、大久保石見守墓、大安寺跡などを見ながら戻ってもまいりました。西本寺では、ご好意で梵鐘を鳴らさせていただきました。

 

3日間のスタディ・ツアーをひとつの記事では、お伝えできないので、
ブログも3日にかけて、お送りいたします。

文化財スタディ・ツアー⑧<2日目>」もご期待ください。

 

2009年10月26日 (月)

日帰り美術観照スタディ・ツアー

10月25日(日)はB-21 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅲ-藤沢に仏像を訪ねて-の開催日でした。

4月(平成21年度第2クール)とほぼ同じコースです。前回の様子はこちら

 

朝からの雨は止み、なんとか雨に降られずにツアーが始められました。

まずは皇大神宮(通称:烏森神社)へ。
写真左は本宮からのながめ、向こうは海です。
写真右は境内の玉砂利の中にたくさんドングリが落ちてました。

皇大神宮(通称:烏森神社):本宮からのながめ、向こうは海 どんぐりがたくさん落ちてました

 

内田の辻、引地橋と通って、養命寺へ。
(写真は養命寺と木造薬師如来坐像の説明)

木造薬師如来坐像:引地山養命寺の本尊。鎌倉初期の量感豊かな優品。12年に1度、寅年に公開されます。 引地山養命寺

 

続いて、伝源義経首洗井戸から白旗神社。
写真左は受講者の方にいただいた『むかご』。美味しい調理法も教えていただきました。
写真右は、白旗神社。

むかご:受講者の方に20粒ぐらいいただきました 白旗神社

 

湯立神楽(10月28日、白旗神社)

 

街中でたくさん見かけたポスター。

今月の28日に白旗神社で行われる、

神事、湯立神楽のポスターです。

工藤先生が、

「行ける人は行ってみてください。

すごいですよ。」

とおっしゃっていました。

 

 

 

遊行寺へ。
写真左:遊行寺の辺りは昔の藤沢宿で駅ができるまでは一番の繁華街だったそうです。
写真右:藤沢市指定天然記念物で遊行寺境内の大イチョウ。

藤澤宿 大イチョウ(遊行寺、藤沢市指定天然記念物)

 

日帰り美術観照スタディ・ツアー は、次クールでも行う予定です。

ご興味を引かれた方は、3月中旬以降にご案内予定の

鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クールをご確認ください。

なお、B-22 神奈川の仏像Ⅳ-伊勢原に仏像を訪ねて- は、

ご好評いただき、すでに定員に達しています。

 

2009年10月20日 (火)

B-20 總持寺に眠る人々Ⅱ FW

本日10月20日(火)は、

B-20 總持寺に眠る人々Ⅱ -その人柄と境内の顕彰碑などを訪ねて- の

フィールドワークでした。

 

少し雲が出て、すずしい風が吹く天気のなか、フィールドワークに出発しました。

前回は墓地を散策しました(前回の様子はこちら)が、

今回は總持寺の境内散策で記念碑や顕彰碑、記念樹碑などを訪ねました。

B-20 總持寺に眠る人々Ⅱ -その人柄と境内の顕彰碑などを訪ねて-

 

モクレンの花の芽はすべて上向き

本学名誉教授の佐々木史江先生(生物学)にも参加いただいて、

總持寺境内の自然(植物)についても解説いただきました。

写真はモクレン。

モクレンの芽はすべて上を向いていますが 、

コブシの芽はいろんな方向を向いているそうです。

 

待鳳館前の石灯籠「大蘇鉄」

待鳳館前にある石灯籠には「大蘇鉄」とありますが、

今ある蘇鉄はそんなに大きくありません。

「昔は大きな蘇鉄があったと思われます」との先生の解説でしたが、

受講者のお二人から「確かにありましたよ」と。

おひとりは、小学生の頃に大蘇鉄をスケッチをされたそうで、

もうおひとりは、大蘇鉄の前で記念撮影をされたそうです。

 

関根先生の解説、佐々木先生の植物の解説に

受講者の思い出や説明で楽しいフィールドワークになりました。

大変好評で、次回もぜひ講座をしてほしいと要望をいただきました。

次回講座は未定ですが、開講に向けて検討・相談中です。

 

【追加情報】

フィールドワークの様子がカナロコ(神奈川新聞社)で紹介されました。

総持寺に点在する慰霊碑・記念碑を見学/横浜(2009年10月21日)

 

2009年10月14日 (水)

中世都市「鎌倉」に入る フィールドワークⅢ

10月11日(日)は、

B-19 中世都市「鎌倉」に入る のフィールドワークⅢでした。

「鎌倉」講座は本学文学部文化財学科の先生方を中心にしたオムニバス形式の講座です。

フィールドワークⅢは、「鎌倉七口」探索(2)を

前本学文学部講師 福田誠先生に解説いただきながらのフィールドワークです。

前回のフィールドワークⅡ「鎌倉七口」探索(1)の様子はこちら

 

10時に江ノ島電鉄極楽寺駅集合。

江ノ島電鉄 極楽寺駅(当日朝は気温低めで寒かったです)

 

急遽、極楽寺駅近くの上杉憲方の墓へ。

伝上杉憲方墓

 

【極楽寺坂切通】成就院境内に入り、当時の極楽寺坂切通の高さから海岸を望む。

【極楽寺坂切通】いい景色ですね

 

御霊神社。

御霊神社

 

鎌倉大仏 高徳院へ。

鎌倉大仏(さすが連休で参拝者多数)

 

【大仏坂切通】途中、急な坂道もあり。休み休み進む。

【大仏坂切通】

 

日野俊基墓

日野俊基墓

 

源頼朝像(源氏山公園)で昼食休憩

源頼朝像(源氏山公園)

 

【仮粧坂切通】白いのは貝の化石。

【仮粧坂切通】地面には貝の化石

 

海蔵寺 岩舟地蔵堂。頼朝の娘大姫を供養する地蔵堂と伝えられる(平成13年再建)

岩舟地蔵堂

 

【亀ヶ谷坂切通】舗装されていますが、ここまで来るとかなり足にきます・・・bearing

【亀ヶ谷坂切通】舗装されていて歩きやすいのですが、疲れが・・・足が・・・

 

【巨福呂坂切通】現在は崩れて通り抜けできません。
(写真下)この奥は私有地で入れず。

【巨福呂坂切通】(写真下)この奥は私有地で入れず

鶴岡八幡宮で解散。

先週と今回のフィールドワークで「鎌倉七口」の内、六口を歩きました。

名越坂切通は、残念ながら行けませんでした。

 

B-19 中世都市「鎌倉」に入る のフィールドワークはこれで終了。

残り3回は教室での講義となります。

 

次回の生涯学習セミナーでも、『鎌倉』講座を予定しております。

皆様にお楽しみいただける講座を企画中です。

ご興味を引かれた方は、3月中旬以降にご案内予定の

鶴見大学生涯学習セミナー 平成22年度第1クール をご確認ください。

 

2009年10月 5日 (月)

中世都市「鎌倉」に入る フィールドワークⅡ

10月4日(日)は、

B-19 中世都市「鎌倉」に入る のフィールドワークⅡでした。

「鎌倉」講座は本学文学部文化財学科の先生方を中心にしたオムニバス形式の講座です。

フィールドワークⅡは、「鎌倉七口」探索を

前本学文学部講師 福田誠先生に解説いただきながらのフィールドワークです。

 

朝夷奈切通

金沢八景駅からバスで、朝比奈バス停へ。

朝夷奈切通から鎌倉に入るルートです。

フィールドワーク当日はいい天気sunでしたが、

前日までの雨rainで、

ところどころ滑りやすかったです。

朝夷奈切通・磨崖仏

 

光触寺には塩売りが初穂をあげると帰りには塩がなくなっていたので、

塩嘗地蔵という名がついた地蔵がいらっしゃいます。

光触寺(塩嘗地蔵)

 

大慈寺跡

 

福田先生の解説を聞きながら、

三代将軍実朝が建立した大慈寺跡(左写真)、

五大堂明王院と進んでいきます。

 

 

浄明寺の住宅街の坂道を抜け、鎌倉宮へ。

大慈寺跡

浄明寺という地名は、お寺の浄妙寺と同じ字では恐れ多いということで、

「妙」を「明」に変えて地名にしたそうです。

朝夷奈切通から歩き続けて、体力は限界wobbly・・・、この坂がきつかったです。

 

鎌倉宮で1時間のお昼休憩をとったあと、永福寺(ようふくじ)跡へ。

永福寺跡を見下ろせる場所へ
永福寺跡を見下ろす
(写真上段)永福寺跡を見下ろせる場所へ(遊歩道なのに草がすごい状態)

 

源頼朝の墓から鎌倉の地を眺め、この狭い地に政治の中枢があった頃に思いを馳せる。

源頼朝の墓

 

今回はここまで。

同行した広報課員はヘロヘロcryingでした。

次回は残り「鎌倉七口」のうち、五口を歩きます。

 

2009年10月 2日 (金)

中世都市「鎌倉」に入る フィールドワークⅠ

9月27日(日)は、

B-19 中世都市「鎌倉」に入る のフィールドワークⅠfootでした。

「鎌倉」講座は本学文学部文化財学科の先生方を中心にしたオムニバス形式の講座です。

フィールドワークⅠfootは、三浦氏の故地・大矢部を

本学文学部教授 伊藤正義先生に解説いただきながらのフィールドワークです。

 

まずは、【衣笠神社】へ。

衣笠神社

 

【衣笠山公園】
天気が良いと三浦半島が見えるそうですが、この日は残念、ダメでした。

衣笠山公園

 

【御霊神社・満昌寺:伝三浦義明廟所】
三浦義明の廟所と伝えられています。

御霊神社・満昌寺:伝三浦義明廟所

 

【近殿神社】
三浦義明の孫に当たる三浦義村を祭神として祀っています。

近殿神社

 

【薬王寺旧跡】
住宅にはさまれた細い路地に薬王寺旧跡があります。
中央の石塔が三浦荒次郎義澄の墓と伝えられています。

薬王寺旧跡

 

【三浦大介戦死之處(腹切松公園)】
衣笠城の戦いで敗れた三浦大介義明が、この辺りの松の木の下で
腹を切って自害したと伝えられています。
そのため、公園名は「腹切松公園」

三浦大介戦死之處(腹切松公園)

 

【清雲寺:伝三浦為継とその一党の廟所】
三浦氏三代は、初代為通、二代為継、三代義継のことで、
義明は義継の子です。

清雲寺:伝三浦為継とその一党の廟所

 

次回のフィールドワークⅡshoeは10/4、そしてさらにフィールドワークⅢmapleは10/11。

3週連続でのフィールドワークとなります。

次回は「鎌倉七口」探索。

 

2009年7月 9日 (木)

B-17 總持寺に眠る人々 フィールドワーク

7月9日(木)は、

B-17 總持寺に眠る人々 -その人柄・墓石・植栽を訪ねて-

フィールドワーク(總持寺の墓地散策)でした。

 

全3回の講座で1・2回目で總持寺に眠る人々の人柄や墓石、植栽を紹介し、

  例えば、黒岩涙香
   【翻訳家・黒岩涙香】
     墓石 : 白色花崗岩
     墓誌 : 黒色斑糲岩
     台座など : 白色花崗岩
     植栽 : キンモクセイ、クチナシなど

 
 

3回目のフィールドワーク(總持寺の墓地散策)で実際にお参りしました。

總持寺に眠る人々:フィールドワーク(總持寺の墓地散策)  

 

講師・関根透先生のほかに、

本学名誉教授の佐々木史江先生も

参加いただき、植物cloverについて

解説していただきながらの

フィールドワークでした。

 

 

第2クール(秋期)でも「總持寺に眠る人々」講座を予定しています。

みなさまのお申し込みをお待ちしていますwink

 

2009年7月 2日 (木)

横浜はじめて物語 フィールドワークⅡ

元町・中華街駅、横浜天主堂跡 (どしゃ降りの雨の中)  7月2日(木)は、B-20 横浜はじめて物語 -ラブリー横浜散策- のフィールドワーク2回目でした。

同行した広報課員の日頃の行いでしょうか?

願いもむなしく、あいにくの雨rain

10時にみなとみらい線 元町・中華街駅に集合。

横浜天主堂跡から、シップチャンドラー(船舶納入業)の明治屋のお話を聞きながら、旧イギリス7番館へ。

歩いているうちに、雨は急に勢いを増して、どしゃ降りに。

 

ホテルニューグランド内の写真展示を拝見。

その間に、雨は小降りに。

きれいな中庭を通り抜け、

ホテルニューグランド中庭 (雨が止んだ♪)

マリンタワー~ヘボン邸跡~谷戸橋 (雨が少し・・・パラパラ)  

マリンタワーを横目に、ヘボン邸跡へ。

 

マリンタワーは横浜開港100周年に建設され、最近リニューアルオープンしました。

山下公園に氷川丸が係留されたのも横浜開港100周年記念事業です。

 

ヘボン邸跡は、あのヘボン式ローマ字で有名なヘボン博士の家跡です。

 

谷戸橋を越えて元町へ。

 

山手外国人墓地~元町公園:ジェラール水屋敷、瓦工場 (また、雨が降ってきたぞ) 

山手外国人墓地~元町公園

 

元町公園ではジェラール水屋敷、瓦工場。

 

代官坂を登り、

 

 

フェリス女学院の前で、関東大震災時のカイパー先生のお話を聞いた後、

山手カトリック教会へ。

山手カトリック教会 (しとしと雨降る)

美しい建物で、聖堂内を静かに見させていただきました。

教会のあとは、山手公園へ。

 

テニス発祥記念館 (なんとか小降りに・・・)  

山手公園は外国人による外国人のために作られた公園だそうです。

 

テニス発祥記念館では、古いテニス道具などが見られます。

 

 

 

イタリア山庭園 (雨止んだよ♪)  

最後はイタリア山庭園のブラフ18番館。

残念ながら、休館していました。

 

ご参加いただいた受講者のみなさま、お疲れ様でした。

今回のフィールドワークは、最初のどしゃ降りから、降ったり止んだりの天気で、残念でした。

ぜひ、秋からはじまる第2クールもご受講いただければと思います。

この講座 『横浜はじめて物語』 はキャンセル待ちが出る大変人気の講座ですので、

ご興味ある方は、お早めにお申込ください。

平成21年度第2クールのパンフレットは、8月中旬以降の発送を予定しています。

みなさまのご参加をお待ちしています。

 

2009年6月18日 (木)

横浜はじめて物語 フィールドワークⅠ

2009年の今年は横浜開港150周年。

各地でイベントが開催され、盛り上がっています。

鶴見大学の生涯学習では、

以前から、横浜はじめて物語 -ラブリー横浜散策-を開催しています。

 

6月18日はB-20 横浜はじめて物語 -ラブリー横浜散策- のフィールドワーク1回目でした。

第1回目のFWのテーマは、『港』

関内駅を出発して、吉田橋関門跡。

吉田橋関門跡

開港直後に橋がかけられ、関門を設けて外国人の保護・取締りを行った。
関門を境に関所側を『関内』と呼ばれたそうです。

 

鉄の橋、ブラントン、ガス灯の碑、下岡蓮杖(日本初の写真家)、神奈川県立歴史博物館前の大砲

左上写真:鉄の橋、ブラントン
右上写真:ガス灯の碑
       当時、ロンドンのガス灯を参考に作られたそうで、
       この付近は電線がなく、歩道と車道の段差もないバリアフリーになっています。
左下写真:下岡蓮杖(日本初の写真家)
右下写真:神奈川県立歴史博物館前の大砲
       瓦礫とともに埋められていたそうで、実際に大砲として使われたかどうかは、?

 

日刊新聞発祥の地の碑

日刊新聞発祥の地の碑
 横倒しになって、ブルーシートがかかっていたそうで、今後、元に戻すそうです。

 

タイムトンネル:横浜国際船員センター「ナビオス横浜」と汽車道

汽車道をまたいだ形で立つ、横浜国際船員センター「ナビオス横浜」
 ナビオス横浜を境に、こちらから見ると、現在の横浜(ランドマークなど)が見え、
 反対側から、見ると、古い横浜(赤レンガ倉庫など)が見える。
 タイムトンネルのようです。

 

煉瓦造2階建倉庫

煉瓦造2階建倉庫

 

象の鼻パーク

象の鼻防波堤
 6月2日にオープンしたばかりの象の鼻パーク。
 再整備をして、当時の幅である10mに復元したそうです。
 潮が引くと当時の土台(煉瓦?)が見えるそうで、水中にうっすらと・・・。

 

象の鼻パークで本日のフィールドワークは解散。
午後から雨が降る予報でしたが、なんとか降られずにすみました。

B-20 横浜はじめて物語 -ラブリー横浜散策-は、7月2日(木)にもフィールドワークを予定しています。

次回もお天気に恵まれればいいなぁ(切実な願いthink)。

 

2009年6月12日 (金)

文化財スタディ・ツアー⑦<3日目>

鶴見大学生涯学習セミター B-15 文化財スタディ・ツアー⑦ 
     ―加賀・越前・越中―史跡を訪ねて【6/5(金)~6/7(日)】

<3日目(6/7)>

最終日、平泉寺(白山神社)、永平寺へ向かう。

【平泉寺(白山神社)】

石畳の旧参道抜けると一の鳥居、苔むした参道を進むと二の鳥居、そして拝殿、本社(本殿)

【平泉寺(白山神社)】 参道

【平泉寺(白山神社)】 一の鳥居 二の鳥居

【平泉寺(白山神社)】 拝殿 本社(本殿)

【平泉寺(白山神社)】 )(左写真)「中宮白山平泉寺境内古図」をご説明頂く (右写真)白山神社社務所と旧玄成院の庭園と説明する関先生

(左写真)「中宮白山平泉寺境内古図」をご説明頂く。

(右写真)白山神社社務所と旧玄成院の庭園と説明する関先生

 

最後の目的地、永平寺へ

途中昼食(精進料理)

途中昼食(精進料理)

 

【永平寺】

参拝者、観光客の皆様で 山内はラッシュアワー

【永平寺】

山内から見た、山景色と仏殿

【永平寺】2

 

二泊三日の文化財スタディ・ツアーも無事終了。・・・・・空港へ向う。

 

ツアーに参加いただきました皆様、お疲れ様でした。
訪問させていただいた寺社や施設等、関係者の皆様、ありがとうございました。

 

第2クール(秋講座)以降も文化財スタディ・ツアーを予定しています。
日程・場所等は、8月中旬ごろ完成予定の
平成21年度第2クールパンフレットでご確認ください。

 

2009年6月11日 (木)

文化財スタディ・ツアー⑦<2日目>

鶴見大学生涯学習セミター B-15 文化財スタディ・ツアー⑦ 
     ―加賀・越前・越中―史跡を訪ねて【6/5(金)~6/7(日)】

<2日目(6/6)>

市内は「百万石まつり」(加賀百万石 城下町を彩る時代絵巻)、スケジュールを変更。
兼六園、金沢城公園、尾山・尾崎神社、そして高岡市の瑞龍寺、万葉歴史館へ向かう。

【兼六園】
ガイドさんの説明を受け、園内を探索する。

兼六園】ガイドさんの説明を受け、園内を探索  

 

【金沢城公園】

【金沢城公園】

 

【尾山神社】

【尾山神社】

 

【尾崎神社】

【尾崎神社】

 

【高岡市の瑞龍寺】

禅宗建築としての特色を整えた寺院

【瑞龍寺】禅宗建築としての特色を整えた寺院(禅堂、法堂、大庫裏)

【瑞龍寺】仏殿

【瑞龍寺】山門

お忙しい中、方丈様ご説明いただき有り難うございました。合掌

 

【前田利長公墓所】

【前田利長公墓所】

    石灯籠を通り墓所へ               池の睡蓮の花がお出迎え

 

【万葉歴史館】

四季に分かれた館の周囲の庭には『万葉集』の植物が植えられている。

【万葉歴史館】

★★★ 10月初旬に「万葉集全20巻朗唱の会」をはじめ、芸能発表や大茶会、
全国万葉短歌大会など多彩な万葉関連イベントが市内一円において繰り広げられます。

 

※二日目のスケジュール終了。一路宿泊地金沢へ・・・・・市内は「百万石まつり」で交通規制。

 

さて、明日は最終日3日目の様子をお伝えいたします。
 

2009年6月10日 (水)

文化財スタディ・ツアー⑦<1日目>

鶴見大学生涯学習セミター B-15 文化財スタディ・ツアー⑦ 
     ―加賀・越前・越中―史跡を訪ねて【6/5(金)~6/7(日)】

<1日目(6/5)> 

羽田集合小松空港向かう。

現地はバスの移動。

新田義貞が灯明寺畷(とうみょうじなわて)で戦死、
敵方の北朝方の斯波高経(しばたかつね)が遺骨を埋葬したと伝え、
1837(天保8)年義貞500回忌に当時福井藩主松平宗矩(むねのり)が
石塔の墓を建てた寺、称念寺に向う。

 

【新田義貞公墓所 称念寺】

新田義貞公墓所 称念寺  

(右写真:小雨の中、新田義貞公墓所の説明を行う関先生)

小雨の中庭で草むしりをしていたご老人に、本堂の見学を出来ませんかと依頼、
快く承諾、説明を頂く、最後で住職であることが分かる。

小雨  

 

 

 

 

 

  

 

【新田義貞戦没伝説地】

急遽、市内にある新田義貞戦没伝説地を見学。 

新田義貞戦没伝説地

しめ縄が珍しい。 

 

【斎藤実盛(さねもり)の首洗い池】

篠原の戦いで敗北、味方が総崩れする中、
高齢の身を押し、髪を黒く染め、ただ一騎で踏みとどまり、
奮戦し討ち取られた、首を池で洗わせたところ白髪に変わり
実盛と確認された池

斎藤実盛(さねもり)の首洗い池&芭蕉「むざんやな兜(かぶと)の下のきりぎりす」

(右写真:かたわらに、芭蕉の句
       「むざんやな兜(かぶと)の下のきりぎりす」)

 

【安宅(あたか)の関跡】

『義経記』を素材にした謡曲「安宅」や、歌舞伎「勧進帳」の舞台

安宅(あたか)の関跡

※一日目のスケジュール終了。一路宿泊地金沢へ

 

3日間のスタディ・ツアーをひとつの記事では、お伝えできないので、
ブログも3日にかけて、お送りいたします。

明日の「文化財スタディ・ツアー⑦<2日目>」をご期待ください。

2009年6月 3日 (水)

日帰り美術観照スタディ・ツアー

5月31日は、B-18 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅱ -横須賀に仏像を訪ねて-の開催日でした。(以前にこのブログでも報告しました平成20年度第2クール B-17日帰り美術鑑賞スタディ・ツアーと同じコースです。)

 

いい天気 今回も「B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー」と同様に、本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生に解説していただきながら、横須賀市内の仏像を観照するツアーです。

今回のツアーは、雨天の場合順延になるため、お天気が心配で、天気予報から目が離せませんでした。前日の予報では、神奈川県東部は、曇りのち雨で、どうなるものかと心配でしたが、当日は太陽に恵まれ無事開催できました。横浜・川崎の一部は、かなり雨が降ったそうで非常に幸運でした。

まずは、11時40分にJR逗子駅東口に集合して、バスに乗り、専福寺・観音堂へ。
専福寺さんを拝観した後、観音堂に向かいました。

観音堂 

 ≪観音堂≫
木造十一面観音菩薩像

寺伝および(新編相模国風土記稿)によれば、もと付近に存在した糟屋兵部少輔藤原清承開基になる観妙(明)寺の本尊像であったといわれています。

平成12(2000)年3月10日 市重要文化財に指定。

お昼を取るために天神島に移動しました。

天神島 

 ≪天神島≫
晴天なら、この方向から富士山が見えるそうですが、残念ながら今回は見えませんでした。
「横須賀市自然博物館附属・天神島臨海自然教育園」もあります。

南方系海浜植物であるハマオモト(ハマユウ・浜木綿)の分布の北限地として神奈川県の天然記念物に指定されています。

 

天神島周辺には、地魚を食べられるお店が沢山あり、おいしい地魚を食べられるそうです。大楠港近くには、非常に新鮮でおいしい生魚を販売している魚屋さんもありました。

天神島天満宮 

天神島の天満宮にも寄らせていただきました。

 

 

 

 

 

次に、十二所神社・淡島神社に向かいました。

十二所神社  ≪十二所神社≫
こちらも、三浦氏に関係があるようです。

 

 

 

 

 

 

淡島神社  ≪淡島神社≫
縁結び、安産の神として信仰を集める神社です。
毎年3月3日に祭礼が行われており、「流し雛」も行われます。

 

 

 

 

 

最後に今回の目玉、浄楽寺に移動し、本尊の阿弥陀三尊像(運慶作:国重要文化財)を見せていただきました。

浄楽寺  ≪浄楽寺≫
文治5(1189)年鎌倉幕府侍所の初代別当和田義盛の創建。 

残念ながら、阿弥陀三尊像をお見せすることはできませんが、実物は、写真とは全く違い圧倒的な存在感で非常に美しい造形でした。

 

 

 

ご参加していただいた受講者の皆さん、ありがとうございました。
不慣れな点も多々あったかもしれませんが、秋から始まる第2クール以降も同様の講座を企画していますので、是非ご参加をお待ちしています。

 

2009年5月28日 (木)

中世都市「鎌倉」の内と外:フィールド・ワークⅢ

道標 5月24日(日)はB-16 中世都市「鎌倉」の内と外のフィールド・ワーク(FW)の開催日でした。

今回はFWⅢ『鎌倉の西‐江ノ島・遊行寺』です。

 

左上の写真は、江ノ島神社に参拝する人のための

道しるべ『江の島弁財天道標』です。

藤沢市内にある十余基が

市の重要文化財に指定されています。

火成岩製で、前面に「ゑのしま道」、

横面に「一切衆生」「二世安楽」と刻んであります。

 

この日は、残念ながら、

引率した広報課員の祈りもむなしく雨rainでした。

 

 

 

龍口寺 

【龍口寺】

日蓮宗のお寺で、

文永八年(1271)年九月十二日の

竜口法難の霊跡。

 

日蓮の没後、

霊跡記念のため、

延元二(1337)年、草庵を開いたのが始まり。

 

江の島 【江ノ島】

右上の写真は江ノ島神社の辺津宮。

水無月大祓式のためでしょうか、

茅の輪がありました。

 

左下の写真は、山ふたつ。

江の島を二分していることから。

右下は江の島の猫。

毎日いいものを食べているのか、でっぷりしてます。

 

ここで、いったん解散して、

各々、昼食をとったり、江の島を見て回ったり、自由行動です。

 

いいもの♪ 

猫たちに負けじと、

先生方と一緒に “いいもの” 食べました。

 

 

 

 

午後は、藤沢へ。

藤沢:遊行寺・白旗神社

時宗総本山遊行寺(写真左上)。

本来は 『藤澤山無量光院清浄光寺』 という名前だそうです。

時宗の法主が遊行上人と呼ばれることから、

通称 『遊行寺』 と呼ばれるそうです。

 

写真右上は 『義経の首洗い井』

写真下のふたつは、源義経を祭る白旗神社。

こちらは、先に行われた、

B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅲ-藤沢に仏像を訪ねて-

でも訪れました。(その時の報告ブログはこちら

 

今回の講座はB-16 中世都市「鎌倉」の内と外 

鎌倉の『内』に入ることを許されなかった日蓮宗(龍口寺)や源義経(白旗神社)、

西の境界を見てきました。

平成21年春の『鎌倉』講座のフィールドワークは今回で最後です。

座学での講座は、6月20日まで続きます。

秋以降も同様の講座を企画していますので、お申し込みいただければと思います。

 

2009年5月18日 (月)

中世都市「鎌倉」の内と外:フィールド・ワークⅡ

5月17日はB-16 中世都市「鎌倉」の内と外のフィールド・ワーク(FW)の開催日でした。

今回はFWⅡ『鎌倉の東‐称名寺・金沢文庫』です。

鼻欠地蔵

金沢八景駅から六浦道を歩いて鼻欠地蔵へ。
鎌倉の朝比奈切通しがすぐそこにあります。

鼻欠地蔵とは、像の高さが4m余りのお地蔵様の磨崖仏で、風化して鼻が欠け落ちたため、このように呼ばれたそうですが、
現在では、風化が進んで輪郭がわかる程度になってしまいました。
『新編鎌倉誌』には、武蔵国と相模国の境界にあるため、
「界(さかい)地蔵」と言われたと書かれているそうです。 上行寺東遺跡  

 

いったん戻り、金沢八景駅近くの上行寺東遺跡へ。
ここは、マンション建設時の発掘調査で出てきた遺跡で、本来の遺跡の場所には現在、マンションが建っています。
上行寺東遺跡は、遺跡の一部をプラスチック製で復元したレプリカ(右写真)だそうです。

 

 瀬戸神社‐瀬戸橋‐明治憲法起草の地  

源頼朝が三島神社を勧請して創建された瀬戸神社、
平潟湾と瀬戸の内海をつなぐ狭く流れが急な海路の難所にかかる橋、瀬戸橋を渡り、
「明治憲法起草の地」の碑の横を通って称名寺へ到着。

 

称名寺庭園  

称名寺は、北条実泰の子、実時の創建した金沢北条氏の菩提寺です。
境内は、鎌倉時代を代表する浄土庭園として有名。

 

称名寺 

橋を渡り、称名寺金堂、金沢貞顕御廟へ。
御廟は称名寺裏手にあります。

称名寺のあとは、金沢文庫を見学。

この日は雨の予報で、15時ごろの解散時には雨rainが降っていましたが、
FW中はなんとか・・・少し風typhoonは強かったですが・・・降られませんでした。
受講者の皆さんと引率した広報課員の日頃の行いの賜物happy01ですね。

次週、5月24日(日)にFWⅢが行われます。
受講者の皆さん、よろしくお願いいたします。

 

2009年5月11日 (月)

中世都市「鎌倉」の内と外:フィールド・ワークⅠ

5月10日(日)は、「B-16 中世都市「鎌倉」の内と外」の

フィールド・ワーク(FW)Ⅰの開催日でした。

人気講座・中世都市「鎌倉」 では、以前からFWで鎌倉を見て回りましたが、

今回は鎌倉市内だけでなく、外の世界とのかかわりを新たな視点に加えているため、

このFWⅠでは『頼朝と北条の接点』として、伊豆韮山へ行って来ました。

 北条政子産湯之井戸

 北条氏邸跡へ

この日は全国各地で

今年初の真夏日を記録した、

とてもいい天気でした。

北条政子産湯之井戸の碑を見て、

守山西公園近くの北条氏邸跡へ。 

 

史跡北条氏邸跡  

 館の跡へ立って

発掘調査で建物跡が発見され、

北条氏邸と確認されました。

右の写真は、館が建っていた場所に立って撮ってみました。 

普段は立入禁止の場所ですが、 

このFWのために特別に

許可をいただきました。 

 

守山展望台 

公園で昼食後、守山山頂へ。 

頼朝もこの山頂に登ったことでしょう。 

展望台は韮山を一望できます。 

 

 

 

 

 

真珠院  

真珠院へ。

真珠院には八重姫の供養塔があります。 

頼朝との悲恋で入水自殺した八重姫 

そのあとを追って自害した侍女たちの碑があります。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

願成就院

 

最後に願成就院へ。

奥州藤原氏討伐の戦勝を祈願して建立されたお寺で、

運慶作の阿弥陀如来・毘沙門天などが安置されています。

ここは、昭和54年(1979年)の

大河ドラマ、「草燃える」の

ロケ地でもあったようです。

 

今回のFWはここまで。

受講者の皆様、暑い中、お疲れ様でした。

次回、FWⅡは来週。

いい天気だといいですね。

 

2009年4月27日 (月)

生涯学習:日帰り美術観照スタディ・ツアー

4月26日、生涯学習セミナー(平成21年度第1クール)「B-19 日帰り美術観照スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅲ-藤沢に仏像を訪ねて-」の開催日でした。

上:解説する工藤先生 下:皇大神宮の鳥居へ  

本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生に解説していただきながら、藤沢市内の仏像を見学するツアーです。

強風ではありましたが、前日までの雨も止み、大変いいお天気でした。

 

12時にJR藤沢駅北口に集合して、まずはバスに乗り、皇大神宮(通称:烏森神社)へ。

 

 ≪皇大神宮≫

創立天長9年(832年) 

那須与一が弓と矢を奉納したと伝えられる。

例祭日(8月17日)の人形山車は藤沢市の重要有形民俗文化財に指定されているそうです。

皇大神宮

 内田の辻(庚申供養塔) 

皇大神宮から徒歩で内田の辻へ。

(写真は、内田の辻にある庚申塔)

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

引地山養命寺 

引地川沿いを歩いて、引地山養命寺へ。

このツアーの最大の目玉です。

養命寺には東国最古の玉眼使用の薬師如来像が所蔵されており、12年に一度の寅年に開帳されます。

来年が開帳の年にあたります。

ご覧になりたい方は来年ぜひ行ってみましょう。

 

 

 

 

左:源義経の首塚 右:義経の首を洗ったと伝わる首洗井戸  

左:源義経の首塚

右:義経の首を洗ったと伝わる首洗井戸

 

上:白旗神社前で解説している工藤先生 下:白旗神社へ  

≪白旗神社≫

源義経を祀っている白旗神社

ここが、このツアーの最後の目的地。

こいのぼりがたくさん泳いでいました。 

 

参加した受講者の皆さん、お疲れ様でした。 

工藤先生の解説を聞きながら、実際に自分の目で見る藤沢の文化財に、ご満足いただけたかと思います。 

 

秋から始まる第2クール以降も同様の講座を企画しています。 

ご参加をお待ちしています。 

左:白旗神社鳥居 右:白旗神社参道

白旗神社

2008年12月 7日 (日)

生涯学習セミナーで仏像めぐり

 今日は生涯学習B-17「日帰り美術鑑賞スタディ・ツアー 神奈川の仏像Ⅱ-横須賀に仏像を訪ねて-」のフィールドワーク(FW)開催日でした。

お昼にJR逗子駅に集合し、そこからバスで佐島へ。
まず、普段非公開の観音堂を開けていただき、十一面観音菩薩像を拝観させていただきました。管理されている専福寺のご住職にも佐島の立地・歴史などをご説明いただき、皆さん熱心に聞いていらっしゃいました。
前日に配付された資料の写真より、実際に拝見した観音様は表情が穏やかで実物を見ることの大切さを改めて感じることができました。
その後、天神島へ渡り、天満宮を見た後お昼休憩へ。普段、FWの昼食はお弁当を持参していただき、外で食べることが多いのですが、この日は前日から“この冬一番の寒さ”との予報が出ていたため、各自お店で食べることになりました。
昼休憩後は少し歩いて移動です。海沿いを歩いたので、富士山や江ノ島が大きく綺麗に見えました。空気が澄んでいる冬ならではの風景で、皆さん各所で写真を撮られていました。
十二所神社、淡島神社を拝観した後は、本日のメインイベント、浄楽寺の拝観です。
浄楽寺も、普段非公開の宝物館を開けていただき、運慶の初期作品5点を拝観することができました。講師の工藤先生からは、運慶は信仰の篤い僧侶でもあったという説明がなされ、仏師だけではない新たな一面を知ることができました。30分程拝観させていただきましたが、皆さん普段滅多に見ることが出来ない仏様を前に感慨深く、名残惜しい気持ちで外に出るのが難しいといったご様子でした。

最後に、今回特別にお堂を開けて拝観させていただきました、観音堂を管理されている専福寺さま、浄楽寺さまには感謝申し上げます。ありがとうございました。

また、この講座はお蔭様でたくさんのお申込みをいただき、キャンセル待ちをしていただいた多くの方にご受講いただくことができませんでした。また来春以降も同様の講座を企画しておりますので、お申込みいただければ幸いに存じます。資料請求はこちら

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淡島神社で先生の解説を聞いています

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当日は晴天で遠くに雪をかぶった富士山が望めました