B-17 はじめてからの鎌倉(その2) フィールドワークⅡ
B-17はじめからの鎌倉(その2)歴史考古学の成果と現地巡検は、本学文学部文化財学科が
担当する講座で、鎌倉時代の武士の暮らしを教室で考え、現地でさぐってみる鎌倉入門講座です。
フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田先生がご担当です。 5月20日(日)は、B-17はじめからの鎌倉(その2)歴史考古学の成果と現地巡検のフィールドワークⅡ《鎌倉の町の方位をさぐる》の開催日でした。
当日は うす曇。長谷駅10時集合。本日のコースの説明を福田先生より受ける。
長谷駅から直線的に、天照大神を祀る、甘縄神明神社に向かう。鎌倉最古の神社というだけあって 厳かな雰囲気が漂っていた。神社の一角からうす雲りの由比ガ浜を望む。
次に当時の鎌倉の道をたどり寿福寺に向かう。途中今小路、御成小学校沿いに眼をやり
鎌倉のみちをうかがう。
寿福寺は臨済宗建長寺派の寺。この寺は正治2(1200)年尼将軍北条政子が源頼朝の供養の為に建てた鎌倉五山第三位である。
次に七切通しの一つ亀ヶ谷坂に向かう皆さんです。
初夏の風が汗ばんだ身体にここちよかった。
次の見学地、閻魔大王の円応寺。北鎌倉から鶴岡八幡宮に向かう、鎌倉街道添いにある。
もとは、由比ガ浜にあったお堂で、地震・津波で壊れてしまい、江戸中期に現在の場所に移された。
源氏池
休憩後、鎌倉国宝館を『鎌倉の至宝ー国宝・重要文化財』を見学。
国宝 当麻曼荼羅縁起絵巻、重文 地蔵菩薩立像、等が展示。
平常展示『鎌倉の仏像』展もガラス越しではなく、直接拝見。
最後の見学地、新田義貞の鎌倉攻めにより、東勝寺で自害した、北条髙時以下の菩提を
弔うため、髙時邸跡に後醍醐天皇が建立した、宝戒寺(天台宗)に向かう。
(鎌倉の天台宗は、宝戒寺と杉本寺の2寺のみ)
長谷を起点としての現地巡検のフィールドワークがそろそろ終わりに近づいた。
宝戒寺前より海に向かって伸びる小町大路をしばらくあるいていくと、木立のなかに
日蓮上人が、法華経の教えを説いた地、日蓮辻説法跡があり、その先に
福田先生の発掘現場を見る事が出来ました。