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2024年6月18日 (火)

ヨーロッパ中世写本の世界 〜鶴見大学図書館零葉コレクション (1)〜

現在、国立西洋美術館に貸し出し中の本学図書資料に関して、東京藝術大学の西間木真先生に解説をお願いしました。菅野素子(英語英米文学科)

展示についての詳細はこちら(国立西洋美術館)

展示についての詳細はこちら(札幌芸術の森美術館)


詩篇集零葉 Leaf from a Psalter

詩篇8:10〜9:18(神に感謝する人)

羊皮紙、188×136mm ; just. 157×105mm, 20行

13世紀(1250-60年頃)、フランドル地方南部(ヘント?)

196.1/H(1329024)

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 ヨーロッパ中世のキリスト教社会では、聖書の詩篇が祈りの言葉や聖歌の歌詞として重要な役割を果たしていました。本零葉(リーフ)は13世紀に書写された詩篇集 (あるいは詩篇唱集)に由来する断片で、詩篇8番第10節の最後の言葉「あなたの御名は全地に...」と、9番第1節「わたしは心を尽くして主に感謝をささげ...」から第18節の途中「異邦の民はことごとく、陰府に退く」までが黒インクで記されています。

 2行目からはじまる詩篇9番の最初の文字 (イニシャル) Cは、金地にオレンジがかった赤色で3行にまたがって書かれています。その内側には、ピンク色のチュニックに青いマントをはおった金髪の男性が描かれています。体をかがめて、視線を上に向けて大きな手を合わせていることから、彼は神を賛美し感謝を示しているのでしょう。

わたしは心を尽くして主に感謝をささげ

驚くべき御業をすべて語り伝えます。

Confitebor tibi, domine, in toto cor-

de meo: narrabo omnia mira-

bilia tua.

 男性の奥にみられる下から上にのびる湾曲した図形は、緑色が用いられていることから何らかの樹木もしくは植物なのかもしれません。

 各節の最初の文字は金と青のインクで書かれ、それぞれ青または赤のフィリグラン(線条装飾)で飾られています。各行末の余白はさまざまな幾何学模様で埋められていますが、表葉の第6節の行末にはとんがり帽子エナンをかぶったドラゴン(第12行)、裏葉には第10節に鳥(第1行)、第12節は狼もしくは犬の頭部(第5行)が赤と青の線筆で書き込まれています。こうした世俗的な動物絵や擬人絵は中世写本の欄外によくみられるもので、聖なる祈祷文である詩篇の内容とは関係がありません。

 本零葉と同じ詩篇集に由来する姉妹葉 (sister leaves) が欧米各地で確認されており、そうした断片からもとの写本はフランドル地方南部 (現ベルギー、ヘント?) で編纂されたと考えられています。日本国内でも国立西洋美術館内藤コレクション(詩篇24-25、48-49、102番)、慶応義塾大学付属図書館(141-142番)および明治大学図書館(79-80番)に同じ詩篇集に由来する零葉が所蔵されています。

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解読してみましょう!

 詩篇の本文は、先の幅が広いペンを用いた典型的なゴシック書体 (gothic textura formata)で書かれています。この書体では縦の線(ステム)は横幅が均一な短い太線であるのに対して横の線は細く、曲線がぎこちないため角ばった印象をあたえます。そのためi、m、n、uなど太い縦線を細い横線でつなげた文字、つまりin、ni、iu、ui、あるいはim、ini、mi、nn、uuの判別に注意を要します。さいわいこのリーフではiの上部にスラッシュがつけられており、iを見分ける手がかりになります。例えば、表葉第7行3番目の文字は « inimicum » (敵を)、第9行3番目は« iuditium » (裁きを)、第13行の冒頭は、« Inimici » (敵は) と読めます。このリーフではまた、小文字のrが普通のスクリプト体だけではなく、数字の2あるいは現在の筆記体に似た古い書体で書かれています。下から3行目 « orbem terre » (世界を)で、その2種類のrを見比べることができます。

 中世の写本ではスペースを節約するため、あるいは筆記速度を高めるために、きまった語尾変化や頻出する語はさまざまな記号を使って短縮されました。例えば表葉第1行の最後 « t'ra »の上部にみられるコンマのような記号は « -er- » が省略されていることを示し、« terra » (土地)と読みます。第10行2番目の文字にみられるようにpの縦線の下部に短い横線が引かれている場合も «-er »の省略で、« super »(上に)と読めます。第2行3番目の« dne »の上に書かれた横線は、mの省略を示しており、« domine »(主よ)と読むことになります。第5行2番目にみられる大文字のIに短い横線を加えたような文字は接続詞の« et »の短縮記号で、8-9、11-12行目など繰り返し使われています。下から2行目にある « pplos »の3番目の文字は Pではなく、lにコンマのような縮約記号が書き加えられたものです。この記号によってlの前後に母音が隠されていることが分かり、文脈から« populos » (人々を)と解読できます。こうした短縮文字や縮約記号はある程度規則化されており、一度慣れてしまえばヨーロッパの古い文献を読む上で役に立ちます。

西間木 真(東京藝術大学准教授)

【参考文献】

- 『国立西洋美術館所蔵内藤コレクション写本カタログレゾネ』国立西洋美術館、2024年、242-247頁

- 『文字と絵の小宇宙 国立西洋美術館所蔵 内藤コレクション写本リーフ作品選』国立西洋美術館、2019年、12-13頁

- 松田隆美『第31回慶應義塾図書館貴重書展示会 究極の質感−西欧中世写本の輝き−』慶應義塾図書館、2019年、52, 130頁, 35番

- 明治大学デジタルアーカイブ (https://m-archives.meiji.jp/content/detail/LI00000102) (2024.06.17閲覧)

(hh)