93回 2001/11/27~12/15 蔵書印の語るもの
第93回展示
蔵書印の語るもの
期間:平成13年11月27日(火)
~平成13年12月15日(土)
蔵書印の語るもの
「蔵書印は伝来を証する、いわば書物の履歴書である」(渡辺守邦・島原泰雄編『蔵書印提要』)。蓋し名言、誰の手からどのような道すじをたどって今ここにあるのかを教えてくれるのみならず、印に刻まれた文辞や印泥の選択や押し方のその一つ一つに、かつてこれを愛玩したであろう人の顔までもがあらわれる。横浜ゆかりの岡本閻魔庵用いる印は絵柄おもしろく、容貌はなはだ秀でざりし儒者安井息軒のそれは瀟洒にして雅――御亭主よりは『安井夫人』に描かれたるお佐代さんの風情、むしろ近からむか――、興は尽きない。
さて蔵書印は書物流浪の諸相をも語る。明治維新によって基盤を失った各地の藩校から大量の典籍が放出され、あるいは愛書家の逝去にともなって珍書稀籍が次のあるじのもとへと移動するのは自然の数と言えよう。が、由緒正しき古寺名刹より離れし書物の、わが図書館のみならず世間一般にもすこぶる多きことは、一体どうしたものか。本を読まない、もしくは書物と引きかえにしたわずかな金銭の方をありがたがるお坊さまが一杯いらっしゃることの明々白々な証拠、でなければ幸い。
蔵書印はまた、旧蔵者の息づかいをも生々しく伝える。博識の露伴がいかにも読みふけりそうな類書、『アララギ』の巨人斎藤茂吉の示す有職故実への関心、そして国学の大家本居宣長の手なれの本――実体希薄な電子情報の飛びかう現代こそ、素朴で確かな手ごたえが、学問のためにも人間の真に豊かなくらしのためにも必要ではあるまいか、と妙な理窟を野暮にこねまわすつもりはない。蔵書印が書物の世界の楽しみを深める名脇役であること、それを言えば足りている。
文学部教授 高田信敬
展示リスト ( )=旧蔵者
I 公家の文華
1.源概集(鷹司家)<参考>未雨秘抄
2.菅家後集(正親町家)<参考>八幡御幸次第
3.蔵人頭奏慶従事次第(滋野井家)<参考>門号類聚
4.醍醐寺雑事記(山科家)
5.後光厳院御記(烏丸家)<参考>貫首秘抄
II 名刹古社の旧蔵
6.万葉代匠記(青蓮院)<参考>百人一首
7.侍姉百首(曼殊院)
8.新続古今集(西本願寺)
9.公事根源集釈(増上寺)
10.山城国風土記(賀茂別雷神社)
III 大名藩校の学問
11.改元記(松平定信他)
12.和漢年契(水野中央)
13.和蘭字彙(大聖寺藩藩校)
14.大学衍義(小倉藩藩校他)
15.新任弁官抄(前田尊経閣)
IV 文林芸苑の人々
16.新猿楽記(大田南畝)
17.古今要覧稿(幸田露伴)<参考>唐白行簡賦残巻(複製)碗久物語(原稿)
18.江家次第(斎藤茂吉)
19.源氏小鏡(小堀鞆音)
20.竹取物語(幸野楳嶺)
V 学者の手沢
21.六百番歌合(本居宣長)
22.四書釈地続補(安井息軒)
23.和歌留(佐佐木信綱)<参考>国文秘籍解説
24.大和物語(高野辰之)
25.将門記(チェンバレン)<参考>詠歌大概聞書
VI 愛書家の面影
26.埋麝発香(岡本久次郎)
27.源氏物語紹巴抄(大島雅太郎)
28.文選(小汀利得)
29.伊勢物語系図(前田善子)<参考>職原抄竊考
30.仏制六物図(三井高堅)
図書館所蔵の書籍のみにては十分な展示かなわず、文学部中川博夫教授に
協力を仰いだ。記して謝意を表す。