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2011年6月

2011年6月23日 (木)

【休講情報】B-5 怪(かい)の日本史講座

「B-5 怪(かい)の日本史Ⅲ-日本人の心の歴史を探る-」の日程変更をお知らせします。

 

【休講日】 本日 6月23日(木)(第5回目)

振替日は7月21日(木)となります。
6月30日(木)の講座内でもお知らせいたします。

※受講者には、電話にて通知しております。

 

当該講座のお問い合わせは生涯学習センターへ
℡045-574-8686

2011年6月22日 (水)

日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像1

6月19日(日)は、

B-17 日帰り美術観照スタディ・ツアー 東京の仏像1の開催日でした。

講師は本学文学部・短期大学部講師の工藤健一先生です。

この講座は、前日に事前講義を行い、

実際に自分の目で美術観照(フィールドワーク)する講座です。

『東京の仏像』1回目となる今回は、目黒に仏像を訪ねます。

平成22年度第2クールと同じコースです。

前回の様子はこちら

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

お天気が懸念されていましたが、何とか雨は免れました。

太陽は出ていないので、特別暑くもなく、フィールドワークには最適なお天気です。

JR目黒駅西口に13:40集合し、まずは、行人坂をくだります。

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「江戸名所図会」には、「目黒へ下る坂をいふ。寛永の頃、湯殿山の行者某、

大日如来の堂を建立し、大圓寺と号す」とあります。

1つめの目的地、大圓寺は坂の途中にあり、徒歩5分程度です。

 

まずは、入って右手側にある阿弥陀堂で、

本尊である来迎阿弥陀三尊像や西運上人像を拝観させていただきながら、

ご住職にお話を伺いました。

隣の大黒堂に移動し、ここでも詳しく説明をいただきます。

その後、ご好意で釈迦堂で、特別拝観をさせていただきました。

 

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なお、こちらは八百屋お七の恋人・吉三ゆかりのお寺でもあり、

境内には吉三(出家後は西運と改名)のお墓があります。

 

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その後、行人坂をさらに下り、目黒川を渡って2つ目の目的地、蟠龍寺へ。

 

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本堂で住職の息子さんにお話をうかがい、

本尊阿弥陀如来像(都重宝)などを拝観させていただきました。

その後、岩屋弁財天を拝観させていただきました。

岩窟は戦中には防空壕として使用されたそうで、とても深いとのことですが、

現在は入口付近に安置されています。

 

また、元来はこちらにあって、

現在はフランスのパリ市立チエルニスキー美術館に収蔵されている

「金銅阿弥陀如来像」について、興味深いお話をしていただきました。

(4メートル余あった巨大な如来像のため、船に載せるときは分割したそうです。)

 

次に、徒歩で5~7分程度の瀧泉寺(目黒不動尊)へ。

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近年のパワースポット流行で、若い参拝者が目立ちます。

少し休憩した後、最後の目的地、五百羅漢寺を目指します。

 

目黒不動尊からは、徒歩5分程度です。

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まずは、羅漢堂を進みながら、ゆっくりと拝観します。

その後、本堂に移動し、先生のお話を伺いました。

五百羅漢像などの諸仏像(現存305体)は、1人の禅師の手によって、

十数年の間に彫造されたそうです。

その数は見るものを圧倒します。

 

ここで今回のフィールドワークは終了、解散です。

「私は晴れ男です」と宣言した工藤先生のおかげか、

なんとか最後まで雨に降られず、終了することが出来ました。

みなさんお疲れ様でした。

なお、同行した広報課員の万歩計によると、全行程で約6000歩でした。

3キロ程度でしょうか(受講生の皆さんはもう少し少ないかもしれません。)

 

2011年6月17日 (金)

B-19 横浜はじめて物語 フィールドワーク1

6月16日(木)は、B-19 横浜はじめて物語 ラブリー横浜散策 の

フィールドワーク1 山手散策 の開催日でした。

この講座は、『横浜』を講義で学び、フィールドワークで実感する講座です。

講師は、横浜ボランティアガイド協議会会長の嶋田昌子先生です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

10時にみなとみらい線の「元町・中華街駅」元町口から出発しました。

まずは改札から谷戸橋を渡ってすぐの所にある横浜地方合同庁舎前へ。

谷戸橋

ここにはヘボン式ローマ字で有名な、ヘボン博士邸跡の石碑があります。

ここで、少し解説を聞いたあと、再び駅に戻って元町通りの裏へ進みました。

ヘボン博士邸跡

1888年創業の有名店「ウチキパン」前で、当時の浮世絵を見ながら、

こぼれ話を聞きつつ、ジェラール水屋敷地下貯水槽へ。

ウチキパン

ここは開港当時に日本で最初の船舶給水業を行った場所。

今でも湧水をみることができます!

ジェラール水屋敷地下貯水槽 ジェラール水屋敷地下貯水槽 ジェラール水屋敷地下貯水槽

さらに、代官坂へ出て、開業1873年の宮崎生花店を見ながら、

坂の名前の由来にもなった、横浜村名主石川徳右衛門の邸宅跡を拝見。

ここではかのペリー提督も接待されたそうです。

宮崎生花店 石川徳右衛門邸宅跡

 

再び駅前に戻って、元町・中華街駅の改札右側のエレベーターを使って屋上へ!

するとそこは花壇の花が綺麗なアメリカ山公園でした。

アメリカ山公園 アメリカ山公園 アメリカ山公園

高台から港方面を眺めつつホテルニューグランドの逸話を聞き、

ここから横浜地方気象台(アール・デコ建築)へ寄り道。

横浜地方気象台

さらに、山手資料館、港の見える丘公園内のフランス山を抜け、

イギリス館を拝館。ローズガーデンを抜けて再び駅に戻って解散となりました。

フランス山 イギリス館 ローズガーデン

 

今回は、来航した西洋人たちの暮らしをたどるフィールドワークでしたが、

盛りだくさんの内容でした。

雨にも降られること無く、無事に終了となりました。

 

2011年6月16日 (木)

B-16 はじめからの鎌倉 フィールドワーク4

6月12日(日)は、B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く の

フィールドワーク4 やぐら探訪 の開催日でした。

B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

天候が懸念されましたが無事に晴れてくれました。

汗ばむくらいの陽気です。

さて、今クールの鎌倉FWも今日で最後。

今回は鎌倉周辺の丘陵部に多く残る「やぐら」を見に行きます。

やぐらとは、山の斜面の岩盤を掘りぬいて作ったお墓のことで、

中世鎌倉の上層階級の人々はこの中に葬られました。

当時の上層階級の間では、法華堂と呼ばれるお堂を建立し、

そこを自分の墓所とすることが一般的でした。

ところが山がちな鎌倉では、好き勝手に法華堂を建てられると土地の余裕がなくなる為、

幕府がこれを禁ずる法令を出したと言われています。

そこで山中に掘ったやぐらを法華堂に見立て、

墓所とするようになったのではないか、とこのように考えられているそうです。

 

まずは集合場所の鎌倉駅西口から北へ15分ほど歩いた寿福寺。

ここの裏山には北条政子と息子の源実朝のやぐらがあります。

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裏山から寿福寺の山門へ抜けます。

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横須賀線の線路を横切って東に進むとお馴染みの鶴岡八幡宮。

日曜だけあって大変な賑わいです。

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鶴岡八幡宮の境内を抜け、さらに東へ。

清泉小学校、荏柄天神社を左手に見ながら進むと鎌倉宮に出ます。

境内では骨董市が開かれていました。

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10分ほどの休憩の後、今度は鎌倉宮から北へ。

天園ハイキングコースから百八やぐらに向かいます。

傾斜がきつい上に前日の雨で道がぬかるんでおり、思いの外ハードな行程でした。

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ハイキングコースから右手に分岐した道に百八やぐら郡があります。

「百八」というのはその数が多いところからついた名前で、

実際の数は200とも300ともいわれています。

画像のようなやぐらが無数にならんでいます。

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ハイキングコースに戻り、さらに先へ。

神奈川の景勝50選のうちの一つ、十王岩で昼食です。

十王岩には冥府十王のうちの3人が刻まれていますが、

風化が酷く、今ではうっすらと輪郭がわかる程度です。

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十王岩から望む若宮大路。

この日はうっすらともやがかかったようで、あまり見晴らしがよくなかったのが残念です。

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十王岩の下、ハイキングコースから外れた古道を下ると

朱垂木やぐらと呼ばれる大きなやぐらがあります。

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天井にお堂の垂木を模した朱の線が残っていることから

朱垂木やぐらと呼ばれているとのこと。

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朱垂木やぐらまで見学したところでハイキングコースを逆戻り。

今日最後の目的地である覚園寺に向かう予定でしたが、

時間に余裕があったので、2回目のFWで訪れた永福寺跡を再訪しました。

復元計画の話の続きを伺います。

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ふたたび鎌倉宮まで出て北へ。

今度は天園ハイキングコースの入口を通り過ぎ、さらにその奥の覚園寺に向かいます。

さきほど訪れた百八やぐらはこの覚園寺の裏山にあたります。

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500円の拝観料を払って境内へ。

1時間ごとにお寺の方が境内を案内して下さいます。

境内にも十三仏やぐらという大きなやぐらがあり、

その名の通り中には十三の仏様が祀られています。

残念ながら境内は写真撮影禁止でしたが、本堂の薬師三尊像、十二神将像をはじめ、

黒地蔵、旧内海家住宅など他にも見所が満載でした。

B-16 はじめからの鎌倉のフィールドワークはこれで終了。

残り1回は教室での講義となります。

 

2011年6月15日 (水)

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ【3日目】

6月3日(金)~5日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

11回目の今回は、「飛騨から美濃へ」。

5月28日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、最終日3日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

6/5(日)雲  第3日目

虎渓山永保寺~一日市場館~土岐頼貞の墓~犬山城~熱田神宮

8:00 宿出発 「虎渓山永保寺」へ

【虎渓山永保寺】

虎渓山永保寺は、西から迫る長瀬山や、

前を流れる土岐川の清流奇岩を借景とした庭園(国名勝)や伽藍を配している。

庭園は夢窓疎石初期の作庭、国宝の観音堂(一重裳階付入母屋造で、

唐様と和様の折衷様式)、国宝の開山堂(室町初期の典型的な唐様建築)を

見学するが開三堂は修復中のため見学出来ず。

本堂は焼失後に建てられたのこと。

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次の見学地「一日市場館」向かう。

【一日市場館】

一日市場館は、現在は八幡神社の境内となっている。

境内に「美濃源氏土岐氏発祥の地」の石碑と案内板がある。

館の遺構らしきものは残っておらず、ただ拝殿裏に土塁跡らしきものを説明する講師。

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次の見学地「土岐頼貞の墓」向かう。

【土岐頼貞の墓】

住宅地の中に、土岐頼貞と土岐氏累代の墓石(宝篋印塔・五輪塔)がひっそりと並ぶ。

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次の見学地「犬山城」向かう。約60分で、目的地に到着

【犬山城】

国宝犬山城は、豊臣秀吉が1584年小牧長久手合戦の際に、

大坂城から12万余の大軍を率いてこの城に入り、

小牧山に陣を張った徳川家康と戦ったお城。

明治の廃藩置県で天守閣を除く建物は取り壊され現在に至る。

日本の国宝「犬山城」「彦根城」「姫路城」「松本城」4城の中で最も古いお城。

希望者のみ見学するが、大渋滞で登って降ってタイムリミット・・・残念。

天守閣前で新婚カップルが写真撮影。お幸せに・・・・。

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続いて瀬戸市内へ向かい昼食をとる、

瀬戸は日本有数の陶磁器である瀬戸焼の生産地として知られる。

「瀬戸物」(せともの)という名称は、この地の古くからの地名である「瀬戸」に由来する。

昼食後、瀬戸物などのお買い物。

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瀬戸市内を離れて、最後の見学地「熱田神宮」へ。約60分の車中旅

【熱田神宮】

熱田神宮西門に到着、「熱田まつり」で賑わう参道の露天を見ながら散策、

途中織田信長が奉納(信長塀)した土塀を見ながら本宮へ進む。

本宮(明治26年までは尾張造りの社殿でしたが、

三種の神器奉斎の社であることから伊勢の神宮とほぼ同様の

社殿配置・規模の神明造りに改造された。)で文化財ツアーが無事終了のお礼と、

参加者の益々の健康を祈り熱田神宮を後にする。

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6月3日(金)より2泊3日の文化財スタディ・ツアー最終地点、名古屋駅に到着。

現地で解散する。

天気にも恵まれ、無事終了致しました。

皆様のご協力有り難う御座いました。

 

2011年6月14日 (火)

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ 【2日目】

6月3日(金)~5日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

11回目の今回は、「飛騨から美濃へ」。

5月28日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、2日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

6/4(土)晴  第2日目
 城山公園 高山城址~照蓮寺~高山陣屋跡、朝市見学~高山別院照蓮寺~

飛騨国分寺~郡上八幡(城・岸剣神社・宗祇水・街並散策)~

東氏館跡庭園~永久の乱合戦供養塔

8:15 宿出発 「城山公園 高山城址」へ

【城山公園 高山城址】

高山城址(県史跡)、本丸に向かい木々の中約20分の山登り、

途中「廣瀬武夫銅像」(日露開戦で旅順港の閉鎖戦で、部下を思っての戦死し

「軍神」として伝説化され、国民的英雄となった)見て、

号砲平(塩蔵)、中段屋形、使者之間を経て本丸屋形へ。

                               (廣瀬武夫銅像)

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                   (使者之間)

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注) 廣瀬武夫は、父(高山裁判所長)の赴任で、

高山煥章学校に入学卒業後、海軍兵学校に入学。

(本丸屋形跡)      (本丸屋形跡から高山市内を望む)

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本丸屋形跡より山城を下り、二の丸跡に立つ「金森長近公の像」を見学

(金森長近公は飛騨高山藩の初代藩主)

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続いて、二の丸跡奥の照蓮寺へ向かう。

 

【照蓮寺】

本堂は(国重要文化財)、入母屋造、銅板葺き(元はとち葺き)で書院作りの形を残す。

また梵鐘は国重要文化財と指定された高麗(こうらい)時代の鐘がある。

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    (梵鐘)           (本堂)

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続いて、市内の「高山陣屋跡」に向かう。

 

【高山陣屋跡】

幕府の御役所(江戸勘定奉行直属)の跡。

迷路のような居間や米蔵を見学。

居間から見る庭で一休み。玄関居間で「もち花」居間の柱にうさぎ釘隠しが出迎える。

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高山陣屋跡前の朝市で参加者買い物をし、街並を見ながら高山別院照蓮寺に向かう。

約15分の散歩

【高山別院照蓮寺】

山別院照蓮寺」は、真宗大谷派の高山別院で、

開基は親鸞聖人の弟子嘉念坊善俊(かねんぼうぜんしゅん)。

戦国時代、飛騨国白川郷中野の「照蓮寺」が、金森長近の命で移転した寺院。

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引き続き街並みと宮川朝市を横目に見ながら飛騨国分寺に向かう。約15分の散歩

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【飛騨国分寺】

この寺は1250年の歴史を持つ、鎮護国家の願所、飛騨国第一の古刹。

県重要文化財の三重塔の側に、

天平最初の七重大塔(国重要文化財の史跡)の礎石を残す。

本尊の薬師如来坐像(国重要文化財)、脇に阿弥陀如来(県重要文化財)、

聖観世音菩薩(国重要文化財)、弁財天(円空作)を安置する本堂を拝観する。

また、1695年(元禄8年)、飛騨国が天領となり、高山城が取り壊され、

一部は飛騨国分寺に移築され、鐘楼門(県重要文化財)見守るように、

樹齢1200年の大銀杏が生きづいている。

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お城から市内を約2時間半の散策、いささか疲れ気味。

次の目的地、郡上八幡昼食先に向かう。1時間半の旅となる。

~郡上八幡昼食~

小鉢がたくさん、後半の体力をつける。

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【郡上八幡(城・岸剣神社・宗祇水・街並散策)】

午後の見学地「郡上八幡城」へ、天守閣まで約15分坂道を登る。

天気がよくみんな汗だく・・・。

天守閣は気持ちよい風が吹く。金の弩票、甲冑、古文書を見学。

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次に、岸剣神社から町並みを散策し、

宗祇水(室町時代の連歌の達人である飯尾宗祇がこの湧水の傍らで庵を結んで

愛用したことから「宗祇水」と呼ばれるようになった。)、

郡上踊りが催される古い町並み職人町、鍛冶屋町などを散策する。

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【東氏館跡庭園】

発掘調査で、膨大な出土品のほか見事な庭園遺構を掘り当てました。

中島を配した優雅な池泉部は風情に優れ、

貴重な中世武将庭園としての学術的価値も認められて、国の名勝に指定された。

歌碑や庭園を散策する。

また、篠脇城登山口などで説明を受ける。

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続いて本日最後の見学地「承久の乱合戦供養塔」に向かう。

約60分で、目的地に到着

【承久の乱合戦供養塔】

承久の乱「摩免戸の戦い」(鎌倉、京都両軍の戦没者の供養塔。

木曽川の氾濫により寺は流され供養塔(五輪塔郡)も埋もれたままになっていたが

昭和初期に発掘され、現在の場所に移転安置される。

供養祭の前日で準備されている方から説明を受ける。

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19:00 多治見市内宿泊地到着 2日目終了

 

2011年6月13日 (月)

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ【1日目】

6月3日(金)~5日(日)は、文化財スタディ・ツアーの開催日でした。

11回目の今回は、「飛騨から美濃へ」。

5月28日(土)に事前講義を行い、現地を先生の解説を聞きながら歩く人気講座です。

講師は関幸彦先生(日本大学教授)です。

今回は、1日目の様子をお送りします。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】

 

文化財スタディ・ツアー(11) 飛騨から美濃へ~日本を縦断する旅~

H23.6.3(金)~6.5(日)

6/3(金)晴  第1日目

 白川郷合掌集落~飛騨一宮水無神社~臥龍桜、大幢寺

JR松本駅集合 10:45  集合時間前に、コース以外の「松本城」を散歩

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予定時刻11:00に松本駅を出発、一路目的地「白川郷合掌集落」へ向う。

 

途中平湯温泉レストランにて各自で昼食をとる。

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国道158号線経由、東海北陸自動車道飛騨トンネル(日本国内3位の長い)を通り、

白川郷合掌集落へ向う。

【白川郷合掌集落】

松本駅より2時間30分で第1目的地に到着

白川郷合掌集落駐車場より、「であい橋」を渡り集落へ。

集落入口で、パンフレットにより、散策ルート説明を講師より受ける。

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国重要文化財の「和田家住宅」へ向う。

途中、合掌造の茅葺屋根と田園風景を見ながら散策

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第1見学地、和田家住宅到着、家内の居間、囲炉裏、養蚕や古民具を見学

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続いて集落を散策し、第2見学地、「浄土真宗明善寺」は残念ながら閉館 外観を見学

(明善寺全景)      *(寄棟造の鐘楼門)

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    *(庫裏)       (入母屋の本堂)
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*印は県重要文化財

次に第3見学地、「白川八幡神社」へ

白川八幡神社では、かつては上白川郷と下白川郷、計41ヶ村の産土神とされ、

「どぶろく祭り」(10月14・15日)の祭礼が行なわれる。

祭りは、五色旗を連ねた「御神幸」の行列が笛や太鼓の音を響かせながら、

地区内を練り歩きます。

そして、御神幸が終わる午後3時過ぎ、神社境内において、獅子舞の奉納の後、

この年に仕込まれた「どぶろく」が奉納される。

その後、参加者に「どぶろく」が振舞われる。

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第2目的地へバスの旅

車中、講師より目的地歴史的背景と云われ等の講義を受ける。約60分で、目的地に到着

【臥龍桜、大幢寺】

飛騨一ノ宮駅(無人駅)ホームから、臥龍桜(幹枝の形が龍の臥した姿に似ていることから

名づけられた国指定天然記念物で樹齢1100年の大樹)。

時期がずれているので、枝振りで満開時を想像する。

また、大幢寺開基の三木三沢は天正13年の金森氏との戦いで敗れ、寺も焼失してしまった。

その後、金森長近公は本尊観音様を以前の形を模して造らせ、

現在の本尊(十一面観音菩薩)と言われている。

總持寺と同じ曹洞宗であったので、ツアーの内容を説明し快く本尊を見せていただく。

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第3目的地へ約5分で移動

【飛騨一宮水無神社】

飛騨一宮水無神社見学

水無神社は飛騨国の一宮(地域の中で最も社格の高い神社)としてその歴史は古く、

すでに延喜式に記されています。

古来より飛騨人の心の拠り所として、今に残る様々な歴史遺産を語り継いでいます。

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    (本殿)       (絵馬殿)
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また、島崎藤村の父で『夜明け前』の主人公・青山半蔵のモデルとなった

島崎正樹が宮司を務めていた。

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  このふけふ
  しぐれにの雨と   
   もみぢ葉と
  あられひふれる
    山もとの里 
          正樹

18:00 高山市内宿泊地到着 1日目終了

 

2011年6月 6日 (月)

B-16 はじめからの鎌倉 フィールドワーク3

6月5日(日)は、B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く の

フィールドワーク3 谷戸と切通しを歩く の開催日でした。

B-16 はじめからの鎌倉 歴史を学んで現地を歩く は、

本学文学部文化財学科が担当する講座で、

書き記された歴史と、発掘調査でわかった事実を学んで、

さらに現地で実感(再確認)する講座です

フィールドワークは、本学文学部文化財学科実習助手の福田誠先生がご担当です。

パンフレット内容はこちら【PDFファイル】)

 

5月29日に予定していたフィールドワーク3 谷戸と切通しを歩く でしたが、

台風2号typhoonのため、6月5日に延期されました。

1週間待ったかいがあり、快晴sunです。

鎌倉駅西口に集合して、出発。

まずは佐助稲荷神社・銭洗弁天を目指します。

途中、安達泰盛館や甘縄についての解説。

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【佐助稲荷神社】

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神様が、伊豆にいた源頼朝の夢に現れ、挙兵を勧めたので、

殿(頼朝)をけたとして、佐助稲荷となったという由来と、

他の説では、三つの介(国司の守に次ぐ次官)の屋敷があったため、

「三介」が、「佐助」になったという説もあるそうです。

 

【銭洗弁天】

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佐助稲荷側の参道を通って銭洗弁天へ。

トンネルの参道は新しいものだそうです。

ここから先は、お手洗いもないのでここで少し休憩。

 

【長谷大谷戸】

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戻って市役所通りから、トンネルをくぐって長谷大谷戸。

さらにトンネルをくぐって・・・

 

【北条氏常盤亭跡】

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今は何もない草むらですが、北条政村邸があった場所です。

さらに道を進むと北条義政邸跡があります。

かつて「東坂」、「中坂」と呼ばれる鎌倉へ通ずるルートがあり、

東坂は政村邸に、中坂は義政邸へ続く道だったそうです。 

 

【大仏切通】

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今まで通行止めで通れなかったのですが、この4月から通れるようになった、

大仏切通を歩きます。

まずは、大仏切通にある石切場。

 

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ところどころ、ぬかるみがあり滑りやすい道です。

当時も厳しい道だったらしく、

この切通を通って物資が運ばれると、値上がりするぐらい大変な道だったようです。

台風typhoonの先週だったら、滑って怪我する私がいたに違いないです。

 

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当時はここから、大仏殿が見えたことでしょう。

途中、イチゴdeliciousを見つけました。

 

【鎌倉大仏】

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いったんここで昼食のため解散。

昼食後は、大仏前に集合して、

大仏の謎について、大仏の鋳型、根固め遺構、大仏殿礎石、

明応7年の地震・津波、関東大震災の地震・津波など、

10年前に先生が行った発掘調査の結果からわかったことなど解説いただきました。

 

朝の快晴sunはどこへやら。

いつの間にか空は曇り空cloud、風は湿り気を帯び、冷たい風に。

おかげで暑すぎることもなく、快適なフィールドワークに。

でも、雨sprinkleが降る前に解散です。

 

次回は6月12日(日)フィールドワーク4 やぐら探訪 です。

今回よりもハードで、さらにお天気が気になります。

前日から晴れてくれないと道footが・・・。

晴れますようにsun

 

2011年6月 2日 (木)

【休講情報】A-6 井上靖-人と文学

「A-6 井上靖-人と文学」について、

以前にお伝えした日程変更に加え、下記の日程変更をお知らせします。

 

 【休講日】

   6月4日(土)

   7月2日(土)

 【変更後の日程】

  第3回 6月25日(土)

  第4回 7月9日(土)

  第5回 7月16日(土)

  第6回 7月30日(土)

※受講者には、通知文書をお送りしております。

当該講座のお問い合わせは生涯学習センターへ
℡ 045-574-8686